mitsukiのお気楽大作戦


手作り雑貨と原チャリ放浪と雑学で綴る、実践お気楽ライフ
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こんな顔かえ?

e0078674_18324663.jpg東京は不思議な街で、赤坂のような中心部でも御濠の森は鬱蒼と生い茂り、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような気分にさせられてしまいます。
今からおよそ100年前、その赤坂で本当に起きたという不思議な事件を、ラフカディオ・ハーンが書き記しています。

日も暮れ、人通りもなくなった坂道のわきの濠沿いに、しゃがみこんで泣いている女中がいた。
そこを通りかかった商人が、心配して声をかけると、振り向いた女中の顔にはなんと目も鼻も、口もついていなかった。
肝を潰して、無我夢中で坂道を駆け上って逃げて行くと、闇の中に蕎麦の屋台の灯りをみつけた。
「でっ、出た~~!!」
「出たって、もしかして、こんな顔かえ?」
その蕎麦の屋台の親爺にいまの出来事を説明しようとすると、こちらを振り向いた親爺の顔にも、何もついていなかった。


このお話はホラーの中にシュールな笑いを含んでいるので、落語の高座にあげられる事もあるのですが、他にも「かけひき」ですとか「鏡と鐘」ですとかハーンの怪談には笑えるものが数多くあります。
そして落語にも「黄金餅」ですとか「らくだ」ですとか死をテーマにした演目が沢山あります。
ハーン作品と落語に共通する人の不幸を笑うという日本独自の文化についてハーンは自著「知られぬ日本の面影」の中で「日本人の笑い」というタイトルで次のように述べています。

日本人は、どんな恐ろしいものを前にしても、決して笑顔を崩さぬよう悠久の昔より御先祖様から親から子へ、それはそれは念入りに良く躾けられています。
恐怖を顔に出したら、周囲にいる大切な人に心配をかけさせたり、不安に陥れたりしてしまうからです。
そして何より愚かな事には、心の良くない者に、つけ入る隙を与えてしまいます。
笑顔の持つ魔法の力を、日本人ほどよく知ってる人は、残念ながら西洋にはいません。
周囲の人々の平穏な生活なくして、個人の幸せなどあり得ないのですから、そうであるからこそ無私と忍耐を自分の中に培う必要があるという事を、日本人ほど広く一般に理解している国民は、他にいないでしょう。


私たち日本人が怖いものを面白がったり、意味もなくニコニコしてるのは、ハーンのいうような崇高なものとはちょっと違うような気がしますけど、ハーンが間違って理解しているのか、それとも明治の人は本当にそうだったのか、今となっては分かりません。
ハーンは筆の端々に

やがて日本の街並みも、西洋の都市と変わらなくなってしまうでしょう。
そして日本人の心の特性も失われてしまうでしょう。


と、嘆きと諦めの言葉を綴っています。
確かに100年の時が流れ、日本はすっかり変わってしまいました。
それでも最初に述べたように、東京の中心部でさえ、森の木々は元気に枝葉を空へ伸ばし、大地に根を広げています。
人間はどうでしょう。
ハーンの事です、伊邪那美命の統治する国から今も、こちらを窺っているに違いありません。
「日本人はノッペラボーになってしまった。」
と、ハーンをびっくりさせてしまったら大変です。
いつでも、どんな時でもニコニコしていましょう。
e0078674_19235147.jpg
紀伊国坂を上りきった所にあるお蕎麦屋さんで、たぬきそばを頂きました。
ちゃんと店員さんが、笑顔で接客してくれましたよ。
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by sweetmitsuki | 2010-12-19 19:27 | おどろけー | Trackback | Comments(4)
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Commented by saheizi-inokori at 2010-12-19 22:10
こういう笑顔って心を押し隠す能面のようでちょっと怖いですね。
「らくだ」や「黄金餅」は人の不幸を題材にはしていても愉快に思うと言うのとは違うでしょう。
死を避けられないものとして受け止めてその死が巻き起こす騒ぎを笑ってるような気がします。
Commented by sweetmitsuki at 2010-12-20 20:03
佐平次さま
「知られぬ日本の面影」は、外国人に向けて日本人を擁護する意味で書かれた本なので、日本人の無私とか忍耐とか堅苦しい美点ばかりを挙げているのだと思います。


ハーンの作品はどれも、主役以外のわき役の気持ちになって読んでみると、また違った世界が広がるのですけれども、「むじな」も、むじなの目線で読むと「どんな悪戯で人間どもを怖がらせてやろうか。」という邪気のない可愛らしさが見えてくると思うのです。

「らくだ」と「黄金餅」はドラマが進行するにつれ、まるで亡者の魂が憑依したかのように「らくだ」では屑屋が大寅に、「黄金餅」では金兵衛が守銭奴になるという展開が、ハーンの作品に通じるものがあると思ったので引用しました。
Commented by saheizi-inokori at 2010-12-20 22:44
そうですね。私も久蔵はらくだを背負ってカンカンノウを踊ったときにらくだになったのだと思いました。
ハーンのいう「笑顔の持つ魔法の力」のことを私は能面のように心を押し隠すと思いました。
Commented by sweetmitsuki at 2010-12-21 21:10
個人的には「黄金餅」のほうが好きな私です。
金兵衛は亡骸を屠って富を得た悪人ではなく、西念の遺産を有効に活用して西念を供養した人ですよね。
それをスラップスティクなコメディにしてしまうというのは、やっぱし外国人には理解出来ないのかも知れません。
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