mitsukiのお気楽大作戦


手作り雑貨と原チャリ放浪と雑学で綴る、実践お気楽ライフ
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転がれ転がれ指輪よ12の月の焚き火を指して

e0078674_1559921.jpg
東京にも先史時代のストーンサークルがありまして、町田市にある田端環状積石遺構(詳しくはコチラ)がそうなんですけど、イギリスのストーンヘンジのようなイメージを抱いてここに行くと、ものすごくがっかりします。
でも、そこはそれ、今自分が足元に踏みしめている大地に3000年前、縄文人がストーンサークルを築いた事が大事なのです。
さて、ストーンサークルとは何なのかというと、簡単にいうとカレンダーです。
田端環状積石遺構の場合、冬至の日に丹沢山麓の最高峰、神奈備(かんなび・神様が居ると信じられている場所)の山、蛭ケ岳の頂上に夕日が沈むというロケーション(田端環状積石遺構からの日没はコチラ)で、つまり縄文人は冬至の日の日没にここで宗教的な儀式をしていたと考えられていて、現代風に喩えるならクリスマスパーティーといったところでしょうか。
縄文時代にキリストまだ生まれてないじゃんって、突っ込みどころ多過ぎですけど、もともとクリスマスって、キリスト教とはまったく関係のない、古代ヨーロッパの冬至のお祭りなんですよ。
だって、いくらキリストが神の子だったとしてもマリア様は生身の人間なんだから、真冬の夜に家畜小屋で出産するのって、どう考えても変でしょ。

e0078674_17523844.jpg日本では有史以来近年まで一年の二至二分といえばお彼岸(春分・秋分の日)がメインで、冬至というのはカボチャを食べたりゆず湯に入ったりと、あまりパッとしない日なのですけど、縄文人とヨーロッパ人にとっては、冬至こそが最大のイベントだったのです。
どうしてかというと、狩猟と関係があるのではないかと私は考えています。
猟をしている人の話によると、冬至を過ぎると獲物になる猪などは繁殖期に入るのですが、その時期になると、成熟した雄の肉は臭くなるというのです。
ですから、美味しい肉を食べるため、そして何より乱獲を防ぐために、神奈備の山の頂上に日が沈んだらそれ以降は狩りをしてはならないという縄文人の掟があったのではないのでしょうか。

冬至の朝、今季最後の狩りに男たちが出掛けると、女たちは秋に集めたドングリを挽いてケーキを焼き始めます。
縄文集落は必ず湧水の畔にあり、田端遺跡も例外ではなく境川が流れています。
湧水は冬でも暖かいので早咲きの野イチゴが実っていたかも知れませんし、あるいは、藁で覆いを被せて早生栽培をしていた可能性だってあります。
こうして、ストーンサークルの前で釣手土器に灯りが燈され、森の神様の前に男たちはローストした猪を、女たちはドングリのケーキ(苺デコレーションの可能性有)を捧げ、神奈備の山に日が沈むのを見届けると、盛大なパーティーが催されたと考えても、何の不思議もないのではと思うのです。

おまけ
e0078674_17105370.jpg
去年からうちで栽培している、森のごちそう。
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by sweetmitsuki | 2011-01-08 17:23 | 古代史でポン | Trackback | Comments(8)
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Commented by saheizi-inokori at 2011-01-08 19:58
面白いなあ。もっともっと縄文物語を聞かせて下さい。
Commented by kaneniwa at 2011-01-08 22:23
仮に聖書の記述通りに家畜小屋で生まれていたとしても、
家畜小屋に家畜はおらず、戸外で放牧し、
羊と羊飼いたちは野営して過ごしていたことになります。

するってえと、古代イスラエルのベツレヘムは
大まかな区分では中東とはいえ、高地であり
12月には雪も降るということですから、
羊飼いにとってのアウトドアシーズンに
イエス・キリストは
誕生しているということになります。

というわけで、12月25日は
冬至祭りというのは、
おっしゃる通りだと思います。

キリストが産湯に浸かった日は不明ですが、
12月下旬はゆず湯に浸かる日です。

BYマーヒー
Commented by sweetmitsuki at 2011-01-09 16:17
佐平次さま
猟師の話は御紹介いただいた本、「ぼくは猟師になった」(千松信也著)から拝借しました。
この時期に苺は本来ならあり得ない話なのですけど、苺がケーキに乗ってないとクリスマスっぽくならないので無理矢理挿入しました。
クリスマスに苺のケーキ食べるのも、日本人だけらしいですけど。
Commented by sweetmitsuki at 2011-01-09 16:48
マーヒーさま
私は子供の頃、キリストが家畜小屋で生まれたのは「貧乏だったから」だと間違って覚えてました。

田端環状積石遺構を実際に見たら、まるでキャンプ場のようだったので「敬虔に冬至を迎える縄文人」ではなく「陽気に冬至を祝う縄文人」のイメージが出来上がってしまいました。
12月下旬に丸鶏をダッチオーブンで召し上がるマーヒーさま御一家のホームパーティーも、毎年の恒例となってらっしゃるようですね。

Commented by kaneniwa at 2011-01-10 13:16
そうです。田端環状積石遺構の写真を見せていただいて、
家から近くの新しいキャンプ場のファイヤープレイス
(キャンプファイヤーができる場所)にそっくりだと
思いました。

そっくりなので写真を撮ってこようかとも思いましたが、
今現在、雪に埋もれています。

BYマーヒー
Commented by antsuan at 2011-01-13 07:55
サークルストーンが必要とされなくなったのは何時頃のことなのでしょうね。そして、それ以降の暦はどんなものだったのでしょう。
Commented by sweetmitsuki at 2011-01-14 19:26
アウトドアシーズンになりましたら、是非、キャンプの様子、BBQ料理と一緒に紹介してください。
Commented by sweetmitsuki at 2011-01-14 19:27
あんつぁん
冬至よりお彼岸のほうが重視されるようになったのは稲作と関係があると思ってます、
春分の日あたりから稲苗を植え始めて、秋分の日あたりに収穫するよう生活様式が変わっていったからではないのでしょうか。
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