カテゴリ:未分類( 17 )

靖国神社を参拝してはいけない理由

e0078674_14014561.jpg
ウィキペディアによれば、靖国神社には246万6584柱(神様なので人ではなく柱と数える)の祭神が祀られているそうですが、靖国神社の公式HPでは246万余柱と、曖昧なことが書いてあります。
靖国神社の祭神、すなわち戦殉者の数は当時の軍が正確に記録していたから1人の誤差も無いはずなのに、どうしてなのでしょうか。
私は兵士として戦地に赴いた経験のある方からこんな話を聞いたことがあります。 

ある日、仲間の兵士が明らかに不審な形で失踪し、その時そこにいた全ての人が「あいつは味方を裏切って敵に寝返ったに違いない。」と思ったそうです。
ところが部隊の上官は「彼は戦死した。」と皆に告げそれ以上捜索をしませんでした。
戦死扱いなのですから靖国神社に神として祀られたのですが、実際には情報を敵に流し戦争が終わるまで自分たちを苦しめ続け、戦争が終わってからは安穏と暮らしてた奴が神様扱いだなんてとんでもない。
だからその方は靖国神社には参拝しないといっていました。

このようなことは稀なケースではなくよくあった話で、特攻隊として出撃したものの敵艦を前に怖気づき、そのまま近くの無人島へ不時着し、雨水と魚介を糧に生き延びた兵士は沢山いました。
軍は特攻がどれくらいの戦果を挙げたか天皇に上奏しなければならなかったので逃げ出した兵士を見落としていたなんてことは在り得ないのですが、そのような事を公表すれば軍の士気に影響したので敢えて記録を改ざんしていたのです。
戦場から生還した多くの元兵士たちは、靖国に祀られている246万6584柱の神様の中には敵前逃亡して行方不明になった者も含まれていることを知っていて、それが不満でした。
だから靖国神社は正確な神様の数を数えることが出来ず246万余柱と、適当なことをいっているのです。
ですが、戦争という狂気の世界に放り込まれてそこから逃げ出して、何が悪いのでしょうか。
誰に脱走兵を責めることが出来るというのでしょうか。
人間なんだから死ぬのが怖いのは当たり前です。
人に殺されるのはもっと恐ろしいですし、人を殺すのはもっともっともっと恐ろしいに違いありません。
間違っているのは、人として当たり前の感情を否定し、戦殉者を神として崇める靖国神社なのです。
古来、日本では死ねば誰でも仏様になって安らかに眠ることが出来ると信じられてきました。
靖国に祀り上げられた神様だけが死してなお眠る事を許されず、護国の任務を担わされています。


[PR]
by sweetmitsuki | 2017-08-27 14:48 | Trackback | Comments(4)

平成之教育勅語

教育勅語のなにがいけないのか、いろいろと指摘はあるようですけど、私としてはエコと省エネに対して一言も書かれてないのがいちばんの大問題だと思います。
明治時代にはそんなことはいちいち言葉に出していう必要はなかったのかもしれませんが、今の日本、天皇の命令文として自然環境への尊崇と畏怖の言葉がまったく書かれてないようじゃ八百万の神々が住まう国のバイブルとして不適切にも程があるんじゃないのでしょうか。
それともうひとつ、これは教育勅語の矯正不能な欠陥なのですが、明治時代に発せられたため明治時代の文体で書かれていて、現代の子どもには理解できないということ。
ですから誰かがわかりやすいように意訳しなければならないのですが、そんなことをすればそれはその時点で勅語ではなくなってしまうのですよ。
天皇陛下の口から直接出たものでないものを勅語とはいいません。
ですから、勅語を学校教育に取り入れたいのなら現代の言葉を使っている今上陛下の言葉の中からそれに相応しいものを探すしかないのだと思います。
たとえば、そうですねい。1995年、植樹祭のとき、美智子皇后陛下はこんな和歌を詠んでいます。

初夏(はつなつ)の光の中に苗木植うるこの子供らに戦(いくさ)あらすな

これは和歌としてとてもいいのでそれだけで教科書に載せてもいいんじゃないかと思うのですが、労働の尊さや自然の恵みに対する感謝の気持ちなど、日本人が後世に伝えたいことが短い文言の中に教育力勅語を遥かに凌ぐボリュームで込められていて、とてもいいと思います。
教育勅語のさらなる欠陥として、長すぎて覚えにくいというのがあって、覚えにくい文書の暗記は、それだけで他の勉強の学習の妨げになるのですが、皇后陛下の玉歌は短いのですぐに覚えられ、それだけでも教育勅語より秀でています。
古いものより新しいものが正しく、伝聞よりも口移しのほうがより正しいのは当たり前のことですから、明治天皇の勅語の意訳などという得体の知れないものより、正真正銘純度100%の皇后陛下の言葉を学校教育には取り入れるべきなんじゃないのでしょうか。
とはいえ、天皇は政治や教育に口を挟まないというのが戦後民主主義の大前提ですからどんなに良いことでも勅語を義務教育の教材に使ってはいけないのです。でも皇后陛下の玉歌はとてもいいので勤皇ならもう一度斉唱しましょう。

初夏(はつなつ)の光の中に苗木植うるこの子供らに戦(いくさ)あらすな

日本人は戦争をしてはいけません。日本人は戦争をしてはいけません。他の国のように軍隊をもってもいけません。皇后陛下の勅語に逆らう奴は不敬罪で取り締まるべきです。
[PR]
by sweetmitsuki | 2017-04-09 15:37 | Trackback | Comments(5)

秩父農民戦争

e0078674_23100414.jpg
おそれながら天朝様に敵対するから加勢しろ! 秩父事件を歩く
街と暮らし社 刊
筒井作蔵 著

遺跡を見に秩父に行ったとき(豊富な地下資源を産出したので広範囲にわたり大規模な古代遺跡があります)いろんなところで「秩父事件碑」なるものを見かけたので秩父で何か大規模な事件があったということは知っていました。
それで、本屋さんでこの本を見て、これのことか。と思い早速購入しました。
簡単にいうと、明治時代に起きた困窮民による武装蜂起なんですが、それがただの暴動ではなく農民戦争と呼ばれているのは困窮民たちがちゃんとした軍事組織と厳重な軍規を持っていたから。
戦争といっても彼らの要求は独立や自治ではなく高利貸しに対する債務の据え置き、賦払いの要求なんですが、話し合いによる決着がつかなかった場合、合薬をもって殺害すること、該件張本人が捕縛あいなり抑留されたら合薬破裂をもって警察を破壊し抑留人を救い出すことがあらかじめ話し合いで決められていました。
そして、この目的を達成するための軍資金の調達が行われ、その借用書が今も残っています。
じっさい、この事件は警察には勝ったものの軍隊によって鎮圧され首謀者らは信州に敗退するのですが、その先々で炊き出し(ろくなもの食べてません)の際、ちゃんと代金を支払っています。
そして軍規は相当に厳しく、私怨で人殺しをしたら即斬、婦女を姦したら即斬、金円その他を盗んだら即斬と決められていました。
「おそれながら天朝様に敵対するから加勢しろ」は農民組織化のスローガンでしたが、被弾した腕を医師により切断されその腕を枕に死んでいったなど、内容はかなりバイオレンス。
そして闘いが終わると、官によるさらなる暴挙が始まるというひどい結末。
それでも、圧政には暴力をもって立ち向かうしか道がなかったのでしょうか。
考えさせられてしまいます。

[PR]
by sweetmitsuki | 2017-04-04 00:29 | Trackback | Comments(2)

それでもそれでもやらねばならぬ

e0078674_5474598.jpg
C県の出張から帰ってきました。
疲れましたよ本当に。
でも年内これで仕事は終わりじゃないのです。
今年の仕事はまだまだ続くのです。
e0078674_5511526.jpg

[PR]
by sweetmitsuki | 2016-12-26 05:51 | Trackback | Comments(2)

きっと終幕は大団円 拍手の合間に

ブログ仲間の佐平次さんが、文藝春秋の芥川賞発表号に掲載されている小山田浩子氏の作品「穴」が面白いというので読んでみました。
冒頭を読んで「こういう緻密な描写は優れた観察眼がないと書けないわね。」などと思っていたんですけど、中盤になって「???」になってしまいました。
というのも、作品に登場する昆虫(かなりたくさん出てきます)の描写が、観察によるものではなく作者の完全な想像によるものだからです。
私は家庭菜園をやっているので昆虫のことは少し知ってるつもりですが、たとえば蠅は、不潔な生き物に思えて本人はいたってきれい好きで、小林一茶が「やれ打つな蝿が手をすり足をする」と詠んだように常に身繕いをしているもので、冬なら話は違いますけど夏の蠅が死んだように動かないなんて、絶対にありえない話です。
それなのに、この蝿がいんちきでちゃちな作り物には見えず、むしろ自分の知ってる蝿とは違う、異界から来た得体の知れない不気味な怪物に見えてきて、そうなるとこの作品の舞台である、一見して何の変哲もないただの田舎町が、魔境のように思えてきてゾクゾクしてきました。
そして、主人公が不思議な生き物を追いかけて穴に落ちる件で義兄から「何だい、お嫁さんは不思議の国のアリスなの?」と笑われるのですが、たしかにこの作品の下敷きには「不思議の国のアリス」があり、それは間違いないんですけど、もっと何か別の、日本人なら誰でも知ってる有名な話が下敷きになってるんじゃないのかと思えてきまして、それが何かわからず、わからないから気にかかって、しばらく頁を閉じて考えてみたのですが結局わからず、最後まで読み終わってはじめて気が付きました。
この作品は「となりのトトロ」のオマージュじゃないですか。
較べれば比べるほどこの作品は最初から最後まで話の展開が「となりのトトロ」にそっくしです。
しかもそれは偶然似てしまったのではなく、意図的にわかってやってるんだと思う件があります。
作品の最後に主人公は自電車で蝉の死骸をわざと踏み潰すのですが、どうして死んでるとはいえそんな残酷なことをするのか、最初は理解できませんでした。
ですがそのように解釈すれば、彼女は子どものころ見たアニメやゲームのヒロインになってマシンを操り魔界の怪物を退治したんだ。という風に納得がいくのです。
この作品が、いわゆるパロディの類ではなく、文学作品として高く評価されたのは、作者自身の、覇気のなさというか欲のなさというか、この作品を発表して有名になろうとか金儲けがしたいとか賞を獲ろうとかいう気概がまったく感じられず、それどころか自己主張しようという気すら窺えないというところが大きいんじゃないのかと思います。
少なくとも私にはその力の抜け具合が好印象でした。
結局義兄のタカちゃんが、何者だったのかは最後まで触れられませんが、きっと、作者の胸の内には答えがちゃんと用意してあるのでしょう。
[PR]
by sweetmitsuki | 2014-02-17 20:14 | Trackback | Comments(6)

ああ神様

佐平次さまのブログで「ふしぎなキリスト教」(橋爪大三郎×大澤真幸著、講談社現代新書刊)という本を紹介していたので読んでみたのですがとても面白いです。
日本人が信仰している神様とキリスト教徒が信仰している神様(ゴッド)はぜんぜん違うもので、それはイスラエルという土地がエジプトとメソポタミアという両大国に挟まれ翻弄されてきたからで、島国で安全だった日本とはまるで正反対だったからとか、とても分かりやすく書いてあります。
この本を読むと自分の考えが変わりそうなので、変わらないうちに神様について書いておきます。

すべての人間は神様を信じていると思います。
「私は神様なんか信じない。」「私は無神論者だ。」と言ってる人だってそれは脳の表面的な部分でそう考えてるだけで、脳の深層部では神様を信じてるんですね。
それはどうしてか今から説明します。
すべての人間は働いて仕事をして生きています。
中には働かないで遊んで暮らしてる人もいるかもしれませんが、そういうのは無視します。
そして、働いてるのは人間に限ったことではなく、たとえば猫だってネズミを捕って働いています。
飼い猫はネズミを捕って人間に養ってもらっていますが、野生の猫だってネズミを捕ってそれを餌にして生きてるのですから働いてることになります。
つまり、すべての生き物は働いて生きてるのです。
中には働かないで遊んで暮らしてる猫もいるかもしれませんが、そういうのは無視します。
話を分かりやすくするために、ネズミを捕る仕事をしている人がいるということにしましょう。
その人が、ある日たまたま偶然に、いつもよりたくさんのネズミを捕えることができたとしましょう。
これはネズミ捕りに限った話ではなく、同じ仕事を毎日毎日何年も何十年も続けていれば、実力以上の果報が得られる日がたまたま偶然訪れるということはあるものなのです。
私は猫じゃないので猫のことはよくわかりませんが、猫だってネズミを毎日捕えていれば、たまたま偶然いつもよりたくさんのネズミが捕えられる日はあるでしょう。
そんな日は「今日はついてるな。何時もこうだといいのに。」と思うんじゃないのでしょうか。
ここまでは人間も猫も同じなのですが、人間は「どうすればこんな日が毎日続くんだろう。」と、真剣に考えるのです。
おそらく猫はそこまで真剣にものを考えないでしょう。
偶然はあくまで偶然なのですからどんなことをしたって偶然は偶然にしか起こらないのですから、いくら考えたとしても偶然が毎日続く方法は見つからないはずなのですが、それでもそう考えてしまうのが人間なのです。
つまり、人間は猫よりも馬鹿だということになりますが、それは人間は猫よりも知能が低いからではなくて、逆に知能が高いからそう考えてしまうのです。
その結果、神様といういるはずのないものを創り出し、それが信仰に繋がるのだと思うのです。
こんな風に書くとミもフタもないですけど、本を読み終えた後で考えが変わるかもしれないので、とりあえず読む前の今の考えを書いときます。
[PR]
by sweetmitsuki | 2012-08-06 06:39 | Trackback(1) | Comments(4)

教科書に書いてある事だけじゃわからない

「日本は沖縄を差別している」というコメントを半月ほど前に戴きまして、即答出来なくて、あれこれ考えてはみたのですが考えがまとまりませんで、それでも何時までも保留にしたままでは失礼なので今答えられる範囲内で、私なりの意見を述べたいと思います。

More
[PR]
by sweetmitsuki | 2010-09-02 21:13 | Trackback | Comments(2)

ブログは仲良く楽しく平和に

タイトルとは裏腹に、かえって険悪な雰囲気を醸し出してしまいそうな内容なんですけど、これ書かない事には前に進む事もあとに戻る事も出来ないんで。

More
[PR]
by sweetmitsuki | 2010-03-12 21:41 | Trackback | Comments(2)

サクラサク

e0078674_20402036.jpg友人のお子さんのもとへ、桜咲くの吉報が届いたのでブログを再開します。
まずは天神さま、ありがとうございました。
そして、合格おめでとうございます。
[PR]
by sweetmitsuki | 2008-02-28 20:40 | Trackback | Comments(10)

お知らせ

e0078674_20422584.jpg最近ではあまりやる人がいないようですが、神仏に祈願するとき、願いが叶うまでの間、自分の一番好きなものを断つという習わしが古くからありますね。
以前にもちょっとお伝えしましたが、私の友人のお子さんが高校受験でいよいよラストスパートなので、私にも何か出来る事がないか考えた末、合格の知らせを聞くまでブログ断ちをすることにしました。
本当はこういう事は声高らかに宣言してするものではなく、むしろ黙ってやるものなのですが、更新が途絶えて何かあったんじゃないかと心配されても恐縮なので。
それでは皆さま、春までごきげんよう。
[PR]
by sweetmitsuki | 2008-01-13 19:40 | Trackback | Comments(1)




手作り雑貨と原チャリ放浪と雑学で綴る、実践お気楽ライフ
by sweetmitsuki
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
最新のトラックバック
なぜ世界は西欧ルールに支..
from 梟通信~ホンの戯言
[大正世代の矜持]  大..
from あんつぁんの風の吹くまま
凄い! ウイリアム・カム..
from 梟通信~ホンの戯言
開戦記念日を振り返って
from あんつぁんの風の吹くまま
孫が来た
from 梟通信~ホンの戯言
8月15日は大漁だった!..
from 好都合な虚構
ある年の8月     
from 好都合な虚構
にがい歴史も知らなくちゃ..
from 梟通信~ホンの戯言
今日から一年後の今を想像する
from 帆を広げ、風は舞い込む
NHKトップランナー  ..
from 鑑 賞 記 録
ライフログ
検索
タグ
(5)
(3)
(3)
(2)
(2)
(2)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
以前の記事
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
more...
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧