mitsukiのお気楽大作戦

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カテゴリ:未分類( 14 )

それでもそれでもやらねばならぬ

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C県の出張から帰ってきました。
疲れましたよ本当に。
でも年内これで仕事は終わりじゃないのです。
今年の仕事はまだまだ続くのです。
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by sweetmitsuki | 2016-12-26 05:51 | Trackback | Comments(2)

きっと終幕は大団円 拍手の合間に

ブログ仲間の佐平次さんが、文藝春秋の芥川賞発表号に掲載されている小山田浩子氏の作品「穴」が面白いというので読んでみました。
冒頭を読んで「こういう緻密な描写は優れた観察眼がないと書けないわね。」などと思っていたんですけど、中盤になって「???」になってしまいました。
というのも、作品に登場する昆虫(かなりたくさん出てきます)の描写が、観察によるものではなく作者の完全な想像によるものだからです。
私は家庭菜園をやっているので昆虫のことは少し知ってるつもりですが、たとえば蠅は、不潔な生き物に思えて本人はいたってきれい好きで、小林一茶が「やれ打つな蝿が手をすり足をする」と詠んだように常に身繕いをしているもので、冬なら話は違いますけど夏の蠅が死んだように動かないなんて、絶対にありえない話です。
それなのに、この蝿がいんちきでちゃちな作り物には見えず、むしろ自分の知ってる蝿とは違う、異界から来た得体の知れない不気味な怪物に見えてきて、そうなるとこの作品の舞台である、一見して何の変哲もないただの田舎町が、魔境のように思えてきてゾクゾクしてきました。
そして、主人公が不思議な生き物を追いかけて穴に落ちる件で義兄から「何だい、お嫁さんは不思議の国のアリスなの?」と笑われるのですが、たしかにこの作品の下敷きには「不思議の国のアリス」があり、それは間違いないんですけど、もっと何か別の、日本人なら誰でも知ってる有名な話が下敷きになってるんじゃないのかと思えてきまして、それが何かわからず、わからないから気にかかって、しばらく頁を閉じて考えてみたのですが結局わからず、最後まで読み終わってはじめて気が付きました。
この作品は「となりのトトロ」のオマージュじゃないですか。
較べれば比べるほどこの作品は最初から最後まで話の展開が「となりのトトロ」にそっくしです。
しかもそれは偶然似てしまったのではなく、意図的にわかってやってるんだと思う件があります。
作品の最後に主人公は自電車で蝉の死骸をわざと踏み潰すのですが、どうして死んでるとはいえそんな残酷なことをするのか、最初は理解できませんでした。
ですがそのように解釈すれば、彼女は子どものころ見たアニメやゲームのヒロインになってマシンを操り魔界の怪物を退治したんだ。という風に納得がいくのです。
この作品が、いわゆるパロディの類ではなく、文学作品として高く評価されたのは、作者自身の、覇気のなさというか欲のなさというか、この作品を発表して有名になろうとか金儲けがしたいとか賞を獲ろうとかいう気概がまったく感じられず、それどころか自己主張しようという気すら窺えないというところが大きいんじゃないのかと思います。
少なくとも私にはその力の抜け具合が好印象でした。
結局義兄のタカちゃんが、何者だったのかは最後まで触れられませんが、きっと、作者の胸の内には答えがちゃんと用意してあるのでしょう。
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by sweetmitsuki | 2014-02-17 20:14 | Trackback | Comments(6)

ああ神様

佐平次さまのブログで「ふしぎなキリスト教」(橋爪大三郎×大澤真幸著、講談社現代新書刊)という本を紹介していたので読んでみたのですがとても面白いです。
日本人が信仰している神様とキリスト教徒が信仰している神様(ゴッド)はぜんぜん違うもので、それはイスラエルという土地がエジプトとメソポタミアという両大国に挟まれ翻弄されてきたからで、島国で安全だった日本とはまるで正反対だったからとか、とても分かりやすく書いてあります。
この本を読むと自分の考えが変わりそうなので、変わらないうちに神様について書いておきます。

すべての人間は神様を信じていると思います。
「私は神様なんか信じない。」「私は無神論者だ。」と言ってる人だってそれは脳の表面的な部分でそう考えてるだけで、脳の深層部では神様を信じてるんですね。
それはどうしてか今から説明します。
すべての人間は働いて仕事をして生きています。
中には働かないで遊んで暮らしてる人もいるかもしれませんが、そういうのは無視します。
そして、働いてるのは人間に限ったことではなく、たとえば猫だってネズミを捕って働いています。
飼い猫はネズミを捕って人間に養ってもらっていますが、野生の猫だってネズミを捕ってそれを餌にして生きてるのですから働いてることになります。
つまり、すべての生き物は働いて生きてるのです。
中には働かないで遊んで暮らしてる猫もいるかもしれませんが、そういうのは無視します。
話を分かりやすくするために、ネズミを捕る仕事をしている人がいるということにしましょう。
その人が、ある日たまたま偶然に、いつもよりたくさんのネズミを捕えることができたとしましょう。
これはネズミ捕りに限った話ではなく、同じ仕事を毎日毎日何年も何十年も続けていれば、実力以上の果報が得られる日がたまたま偶然訪れるということはあるものなのです。
私は猫じゃないので猫のことはよくわかりませんが、猫だってネズミを毎日捕えていれば、たまたま偶然いつもよりたくさんのネズミが捕えられる日はあるでしょう。
そんな日は「今日はついてるな。何時もこうだといいのに。」と思うんじゃないのでしょうか。
ここまでは人間も猫も同じなのですが、人間は「どうすればこんな日が毎日続くんだろう。」と、真剣に考えるのです。
おそらく猫はそこまで真剣にものを考えないでしょう。
偶然はあくまで偶然なのですからどんなことをしたって偶然は偶然にしか起こらないのですから、いくら考えたとしても偶然が毎日続く方法は見つからないはずなのですが、それでもそう考えてしまうのが人間なのです。
つまり、人間は猫よりも馬鹿だということになりますが、それは人間は猫よりも知能が低いからではなくて、逆に知能が高いからそう考えてしまうのです。
その結果、神様といういるはずのないものを創り出し、それが信仰に繋がるのだと思うのです。
こんな風に書くとミもフタもないですけど、本を読み終えた後で考えが変わるかもしれないので、とりあえず読む前の今の考えを書いときます。
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by sweetmitsuki | 2012-08-06 06:39 | Trackback(1) | Comments(4)

教科書に書いてある事だけじゃわからない

「日本は沖縄を差別している」というコメントを半月ほど前に戴きまして、即答出来なくて、あれこれ考えてはみたのですが考えがまとまりませんで、それでも何時までも保留にしたままでは失礼なので今答えられる範囲内で、私なりの意見を述べたいと思います。

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by sweetmitsuki | 2010-09-02 21:13 | Trackback | Comments(2)

ブログは仲良く楽しく平和に

タイトルとは裏腹に、かえって険悪な雰囲気を醸し出してしまいそうな内容なんですけど、これ書かない事には前に進む事もあとに戻る事も出来ないんで。

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by sweetmitsuki | 2010-03-12 21:41 | Trackback | Comments(2)

サクラサク

e0078674_20402036.jpg友人のお子さんのもとへ、桜咲くの吉報が届いたのでブログを再開します。
まずは天神さま、ありがとうございました。
そして、合格おめでとうございます。
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by sweetmitsuki | 2008-02-28 20:40 | Trackback | Comments(10)

お知らせ

e0078674_20422584.jpg最近ではあまりやる人がいないようですが、神仏に祈願するとき、願いが叶うまでの間、自分の一番好きなものを断つという習わしが古くからありますね。
以前にもちょっとお伝えしましたが、私の友人のお子さんが高校受験でいよいよラストスパートなので、私にも何か出来る事がないか考えた末、合格の知らせを聞くまでブログ断ちをすることにしました。
本当はこういう事は声高らかに宣言してするものではなく、むしろ黙ってやるものなのですが、更新が途絶えて何かあったんじゃないかと心配されても恐縮なので。
それでは皆さま、春までごきげんよう。
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by sweetmitsuki | 2008-01-13 19:40 | Trackback | Comments(1)

木綿のハンカチーフ

e0078674_19115526.jpgバイクではなく電車で移動する機会が増えたせいで、めっきり読書量が増えました。
最近読んだのは姜尚中著、『愛国の作法』(朝日新書刊)
今いちばんハマってる作家です。
この人の何が好きかって、情に頼らず論だけで自説を展開している所。例えば別著『ニッポン・サバイバル』(集英社新書)では、職場における男女差別(不平等)が何故いけないのか、という問題について、フェミニストとしてではなく経済学者として、「国が男女とも同額の教育費を負担しているのだから、同じように活躍させないと採算が合わない」と指摘しています。
そんな著者が唯一感情を顕にしていて面白かったのが、現職総理大臣の安部さんを名前で呼ばずに『美しい国へ』の著者、と回りくどい書き方をしていた点。よっぽど嫌いなんだなぁ、と思いつつもストレートに悪口を書かず、慇懃無礼に振舞う辺り、彼らしくて笑えました。
e0078674_21144288.jpg姜尚中は『美しい国へ』の著者ら自称愛国者を、郷土愛と祖国愛をすり替えている、と痛烈に批判しているのですが、私が思うに、郷土愛というのは多くの民謡のうたい文句に普通に見られるような、牧歌的で健全で、自然なものであるのに対し、祖国愛というのは、最近椎名林檎さんがカヴァーして再び有名になった、太田裕美さんのヒット曲、『木綿のハンカチーフ』の歌詞に、「恋人よ 君を忘れて変わってく僕を許して 毎日愉快に過ごす街角 僕は帰れない」とあるような、何処か後ろめたいものを伴っているように感じるのです。
アジア諸国を侮蔑し、日本の優秀さに心酔している一部の自称愛国者たちは、「今も素顔で 口紅もつけないままか 見間違うようなスーツ着た僕の写真見てくれ」と歌われている男に何処か似ています。
この歌がヒットした時代を経たおかげで、私たちの暮らしはとても豊かで便利なものになりました。
でも、大切なものをたくさん失い、環境破壊など困難な問題を現在に残したのも事実です。
そう考えると、今、わが国が正しい方向へ進んでいるとは、決していえないでしょう。
その事に目を背け、無条件で愛国心を謳うのは、まさに「都会の絵の具に染まる」のに等しいのかも知れませんね。
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by sweetmitsuki | 2007-04-03 21:18 | Trackback | Comments(10)

パブリックな話

e0078674_18333382.jpg社会の不調を律し、健全な方向へ導く、いわば医師や栄養士の役割を担うはずの政治家が、逆に社会を蝕んでいる。
そんな現状に嘆き「こんな世の中は間違ってている!」と叫んでみたところで「うるさいわよ!辛いのはあなただけじゃないんだから!みんな我慢して暮らしてるんだから静かにしなさい!」と怒られるのがオチです。
今の世の中が間違ってるのは誰でも知っています。もっとひどい国や地域があるんだからまだマシな方だ、というレベルの問題ではありません。
ただ、どうする事も出来ないから黙ってるだけです。
昔に戻せばいい。という人がいます。
確かに今では失われてしまった良いものが昔はたくさんありました。でも同時に、今ではあってはならない悪いものもたくさんありました。そもそも散り始めた花が、もう元に戻らないのと同じで、この話は現実的ではありません。
ふた昔前なら、共産主義というのがありました。でも今や日本共産党ですら、北欧の高福祉政策を見習おうとしていて、日本がお手本にすべき共産主義国家など、地球上のどこにもありません。
「政治とかよくわかんないしぃ、知らなくても彼氏いるしハッピーだからどうでもいい。」
e0078674_18505053.jpgそういう人は多いでしょうし、私も正直どうでもいいと思っていたのですが、「ニッポン・サバイバル」(集英社新書・姜尚中著)を読んだところ、こんな事が書いてありました。

合コンでせっかくいい人と出会って結婚したとしても、どこかで戦争が起き、その影響でドルが暴落して、夫の会社が倒産してしまう。そんなことだってあり得ます。自分の幸せと世界は確実につながっているのです。
つまり私にいわせると、他者に関心を持たないで、自分の幸せを社会や世界と切り離して考えること自体が、じつはものすごく非現実的です。世界と切り離された幸せなんて、ディズニーランドのようなものです。一歩外に出れば否応なしに現実が待っています。

確かに私達は友達や恋人と『理想の社会を築き上げるには何をしなければならないか』というようなパブリックな問題について語り合うのを恥ずかしい事だと感じています。
世の中が良くならないすべての元凶はそこにある訳で、私はこの事を、日本は昔戦争に負けて、今は平和だからだと思っていたのですが、韓国でも似たような傾向にあるらしく(著者は在日韓国人二世)理由は別の所にあるようです。
本を読んだからといって明快な答えがそこに書いてあるのではなく、それは読者が自分で見つけ出さなくてはいけないのですが、今までこういう話をするのは右か左かどちらかに傾いた人だと思っていた私にとって、そのどちらでもない、姜尚中氏の中庸な考え方は、とても新鮮に思えたのでした。
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by sweetmitsuki | 2007-03-19 19:47 | Trackback | Comments(12)

コスタリカ式平和のつくりかた

カレンさんコスタリカを語る
カレンさん招へい実行委員会編
草の根出版会発行
e0078674_18584749.jpg小さな出版社の刊行書なので手に入りにくいかも知れませんが、大きな書店や図書館に行けば置いてあると思うので、平和に関心のある人は是非読んでみて下さい。
この本は夢想家が書斎に引きこもって描いたファンタジーやおとぎ話ではなく、すべて現実に起きた事が書かれています。
普通おなかを痛めたお母さんが赤ちゃんの産声を聞いた時、この子が戦争で死にはしないかと心配する事はまず無いと思います。
ところが残念な事に、母親がわが子を戦争で亡くす事が無いと確信しているのは、この広い地球上で、日本人とコスタリカ人だけなのです。
日本とコスタリカには他の国には無い特別な決まりがあります。
それは、どんな事があっても決して暴力を振るわないと宣誓した憲法です。
もちろん、憲法があるから自動的に平和だった訳ではありません。軍事独裁政権と反政府ゲリラが血で血を洗う政争に明け暮れている中南米に位置するコスタリカで半世紀もの間、武器を持たず平和を維持し国民の安全を守り続けて来た事が並大抵の苦労では無かった事は、私達日本人には痛いほど良く分かります。
IMF(国際通貨基金)、WB(世界銀行)、AID(開発途上国援助機関)の三大国際金融機関から防衛力の不備を理由に融資を受けられなくなりそうになった事もあるそうで、この辺が外圧に負けて在日米軍の存在を許している私達には読んでて辛い話です。
でも、イラク戦争等の現実を目の当たりにした今、多くの人が「戦争は嫌だけど戦争は無くならない。」と思っているのではないでしょうか。
2002年10月、日本を訪れたコスタリカ元大統領夫人、カレン・オルセンさんは、こんなメッセージを残して下さいました。
『先進技術で世界のリーダーである日本は、文化や教育、精神的な面でも、必ずリーダーになれるでしょう。日本の人たちの心にわずかな恐れがあるなら、ぜひコスタリカに来て、見てください。軍隊がなくても、しあわせに暮らしていることを。』
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by sweetmitsuki | 2007-03-05 19:48 | Trackback | Comments(8)