カテゴリ:おどろけー( 39 )

枇杷の生る辻

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いつも通る三叉路の傍らにあるお地蔵さまの木が今年もいつものようにオレンジ色の実を生らせました。
果物は秋のものというイメージがありますけど、イチジクや枇杷をはじめ今の季節に実の生る果樹はたくさんあります。
イチジクも琵琶もいつ花が咲いたのかわかりませんでしたが、甘い香りと果実の鮮やかな色は遠目にもよくわかります。
枇杷を植えると不幸がおこるなどという迷信があって、今ではお地蔵さまの祠の上ぐらいでしか見ることがなくなってしまいましたが、このお地蔵さまは遠目に見てそれとわかるくらい、黒く煤けているのです。
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なんだか子供が悪戯でつけたように見えなくもないのですが祠の周辺はいつも綺麗に掃き清められていて生花も欠かさずお供えされているのに顔の汚れはそのままで祀られているというのが変といえば変です。
それとも子供の落書きに見えるだけで何かの呪術が施されているのでしょうか。
謎は深まるばかりです。
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さすがにお地蔵さまのを捥いでくるわけにもいかないので、八百屋さんで買い求めました。
千葉県産です。
万物はすべて空ならば、一度口にした果実は種まで残さず喰うのが仏の道だそうで、氷砂糖とホワイトリカーに漬けてみました。
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三か月ほどで飲めるようになる予定です。


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by sweetmitsuki | 2017-06-09 21:35 | おどろけー | Trackback | Comments(2)

本当は恐ろしい「はてなの茶碗」

落語の演目に「はてなの茶碗」という噺がありまして、これには天皇が登場するほか、関白・鷹司公とか鴻池善右衛門とか実在の人物が数多く登場するので、実際に起きた出来事をもとに作られたのではないでしょうか。
実在の人物とはいえ、鷹司家も鴻池家も古くから続いてる家なのでいつの時代の誰なのかといわれると即答に困るのですが、この話のラストで、油屋が「茶金はん、こんどは十万八千両の大儲けでっせ。」といってるところに注目したいです。
一合の茶碗が千両なら、一斗の水瓶は十万両になる計算で、どうして十万八千という中途半端な数字が出てくるのかわかりません。
調べてみますと天明の飢饉のとき幕府は大阪の豪商に困民救済のため御用金を供出するよう命じており、鴻池家は銀千八十貫目を献上したという記録があり、108という数字はここからきてるのではないでしょうか。
そもそも、ひび割れしてないのに水が漏る茶碗というのは、真面目に働いてるのに金が貯まらない人を暗示していて、つまり油屋ははてなの茶碗そのものです。
当時(今でも)油屋のような身の上の人はたくさんいましたから油屋ひとりが大金を得てそれで終わりというのは不公平で、金持ちは貧乏人の生活改善のために少なくともその108(煩悩の数ですね)倍の金を出すべきだというのでしょう。
そして関白・鷹司公ですが、公家の中でも関白に任官されるのは、近衛・九条・二条・一条・鷹司の五摂家だけなのですが鷹司家はマイナーな家柄であんまし関白を出していません。
ところがこれも天明の飢饉のとき、光格天皇は関白・鷹司輔平を通じて幕府に窮民救済をするよう書簡を送ったという記録が残っているので、「はてなの茶碗」に登場する時の帝とは光格天皇で間違いないでしょう。
つまり、「はてなの茶碗」とは滑稽な笑い話ではなく、天明の飢饉のとき、農村では餓死者も出るほどの惨状だったのに、都市に住む一握りの富裕層は骨董品の収集に千両の大金を惜しみなく散財していたことを嘆いた社会への風刺なんじゃないでしょうか。
と、まあ好き勝手に喋り散らかしてしまいましたが、「はてなの茶碗」をそのように解釈する論説はなく、いつものように私が勝手に落語の筋書きに史実を繋ぎ合わせただけなのですけど、優れた落語作品というのはその気になればどのようにでも深読みすることができ、だからこそ現代にまで語り継がれているのでしょう。

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by sweetmitsuki | 2017-04-30 08:24 | おどろけー | Trackback | Comments(2)

日本ヨイ国神ノ国

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日本人が教えたい新しい世界史
宮脇淳子 著
徳間書店 刊
なぜ日本人は満州や朝鮮、台湾に対して自虐史観と呼ばれる特別な感情を抱くのでしょうか。
それは、戦争に負けたから自然にそう思うのではなく、またそのように感じるのが道義的に正しいというわけでもなく、こうした考えは日本人特有のものなんだそうです。
この本によると、それは日本書紀の影響を受けているからで、実は私も以前から日本人の戦争嫌い&平和好きは日本書紀や古事記のせいだと思っていたので、これで自分の考えに確信を持つことができました。
さて、本書について感想を述べる前に、私がどうして日本書紀や古事記のせいで日本人が戦争嫌いで平和好きなのかそう思うのかについて述べさせていただきます。
日本書紀に登場する重要な人物(神様)といえば日本武尊(ヤマトタケル)が有名ですが実はこの神様、日本書紀はともかく古事記ではひどい書かれ方をされているのです。
子どものころから手のつけられない乱暴者で手を焼いた父親の景行天皇から「戦争で死ねばよい。」とばかりに敵地に行かされ、敵と戦うときにも正々堂々とはやらずに女に化けたり武器をすり替えたりと卑怯な手を使い、挙句に慢心して自ら宝剣を手放し、それが致命傷となって遂には故郷の地を踏むことなく惨めに朽ち果てるのです。
本書では、古事記は日本書紀をもとに作られたとしていますけどそれはまた別の話としてもう一人、日本書紀というか日本史の中でも最も重要な人物の一人である聖徳太子について述べてみたいと思います。
つい最近まで、聖徳太子は実在の人物であると思われていたのですが、日本書紀が創作した架空の人物であるという考えが現在では主流で、要は日本武尊と同じく神様だと考えられているようです。
その神様が何をしたのかというと、日本で最初に憲法を作り、その憲法の第一条に「和を以て貴しと為し」と平和主義を掲げ、さらには「忤ふること無きを宗とせよ」と戦争放棄まで謳っているのです。
神話であり正史でもある国の文書に、軍人がボロカスに描かれ、平和主義者が聖者として讃えられていれば誰だってそれが正しいと思うはずです。
ところが、本書では日本書紀のこのような記述は真実ではなく、日本書紀という歴史書が作られた経緯について考えてみる必要があるというのです。
日本書紀が作られた時代、アジアは大激動期でした。幾世代にも亘る戦乱があり、幾つもの都市が焦土と化し廃滅し、数えきれないぐらいの人が命を失いました。
戦禍を逃れた人々は、着の身着のままの姿で、一掴みの種籾を懐に抱き笹の葉のような小舟に乗り嵐に晒され荒波に揉まれながら海の彼方へ辿り着いたのでしょう。
そして、その地を新しい故郷と定め、二度と戦争に苦しめられることなく平和に暮らしていこうと決心したに違いありません。
だからこそ日本書紀には徹底して武力への嫌悪が綴られているのです。
天皇が万世一系だなんて嘘っぱちだ。という人がいますが、天智天皇あるいは天武天皇以降の皇室が滅びることなく現在まで続いていることに意義を唱える人はいないでしょうから、皇紀二千六百余年とはいかなくても控えめに見積もって千年以上皇室が続いていることに変わりはなく、これは世界でも例がないことです。
実はこの本、最初から読まずにとりあえず日本書記にについて取り上げられている章を読んだだけなのですが、それだけでなんだか胸の中で燻ぶってたものが晴れたような、とても爽やかな気分になれたのでした。

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by sweetmitsuki | 2017-02-15 20:59 | おどろけー | Trackback | Comments(8)

信仰は儚き人間のために


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職場や家の中に篭っていると、いつまでも寒い日が続いて春なんか来ないんじゃないかと思ってしまいますけど、外に出てみればもう桜が咲いています。(河津桜ですけど)季節は確実に春に向かっているのですね。
コンビニに立ち寄ったら、お弁当のコーナーに「2月12日は初午なのでお稲荷さんを食べて運気を向上させましょう。」とか書いてあって私が子どものころにはそんなことやった記憶がないのですけど、古くから日本に伝わる伝統的な行事なんだそうです。
今初めて見せられたものを、昔からある日本の文化だといわれてもいまいちピンとこないのですけど、日本人というのはこういうのが好きなようで、節分の恵方巻きと並んで、定着しつつあるみたいです。
恵方巻きも、元々は遊郭の客が娼妓に無理強いしたエッチな遊びが起源なんだそうで、ちょっと日本の伝統文化と呼ぶには品がなさすぎます。(太巻きは美味しいので食べますけど)
しょうもない日本の伝統文化といえば、2月11日は建国記念の日ですけど、この日は神武天皇が即位した日だといわれているのですが、神武天皇は橿原を侵略したとき、忍坂を支配していた土蜘蛛と呼ばれる先住民族を率いていたヤソタケルに対し、偽りの酒宴を開き、油断させたところを配膳人に扮していた兵士に刀を抜かせて襲わせるという、とてもとても卑怯なことをしているのです。
敵対する相手に対しては、表では友好的な態度を偽っておきながら裏ではとことん非情な姿勢を貫き、宣戦布告もなしに奇襲による騙まし討ちをするというのが日本に古くから伝わる伝統文化なんでしょうか。
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それはそれとして初午なのでチーズ稲荷を作ってみました。
油揚げにとろけるチーズを詰めただけという超簡単料理。
袋を閉じるときに串の代わりにパスタを使うとそのまま食べられます。
オーブントースターで焼いたほうが簡単ですけど、焦げ目がないと物足りないので金網で焼いてみました。
ちょっと焦げすぎちゃいましたけど。

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by sweetmitsuki | 2017-02-13 05:07 | おどろけー | Trackback | Comments(4)

本当は恐ろしい「まんじゅう怖い」

落語の発祥はお寺のお坊さんの説教にあるんだそうで、今では他愛のない笑い話として語り継がれているものでも、元々は恐ろしい話だったことがあるんだそうです。

大晦日の日です。
とある店の使用人が、主の命令に従って掛け取り(集金)に奔走していました。
いつもは夜遅くまでかかってしまうものなのですが、その年はどうしたことか、お客の機嫌がよくみな笑顔で支払ってくれて、夕刻には終わってしまいました。
男が店に戻ろうとすると、河岸に饅頭舟が泊めてあるのが目に入りました。
「主は俺が夜遅くまで帰らないと思っているだろう。だったらあそこでちょっと遊んでから帰ってもいいかな。」
男はそう思うと、舟饅頭を買ってから帰ることにしました。
(ここでいう舟饅頭とはお菓子のことではなくお娼妓さんのことで、宿代わりに小舟を用いていたためこう呼ばれていました。)
事を終え、帰路に就いたところで帳簿と売掛金を入れた袋を無くしたことに気付きます。
「どうしよう。死んでお詫びをしなければ。」
首を吊ろうか、大川に飛び込もうかと悩みましたが、そう簡単に死ねるものではありません。
そうこうしているうちに夜が明けてしまいました。
死ぬのは諦め、真っ青になって、昨日走り回った場所をあれこれ探してみましたが、見つかりません。
とうとう夕刻になってしまいました。
「もしかすれば、あの饅頭舟に落としたのかもしれない」
そう思って、河岸に行ってみると、饅頭舟が泊まってます。
「あ、昨日のお客さん。もしかして忘れ物を探してないですか。」
男が頷くと、舟饅頭は帳簿と集金袋を渡してくれました。
男は喜んで、お礼のお金を舟饅頭に渡そうとしましたが
「礼をされるほどのことではないですから」
と、固辞されてしまいました。
そのころ店では、男が売掛金を持ち逃げしたものだと大騒ぎでした。
そこへ男がひょっこり帰ってきたものですから主は驚いて男にどうして丸一日店に帰らなかったのか詰問しました。
男が包み隠さず正直に話すと、主は感激し
「なんていう心の正しい女なんだろう。そんな子が舟饅頭に身をやつしてるなんて可哀相だ。私が身請けしてあげよう。お前はその子と所帯を持ちなさい。暖簾を分けて、家持(独立)させてあげるから。」
話はとんとん拍子に進み、夫婦となった二人は商売も順風満帆で、あっという間に一年が過ぎていました。
その大晦日の日。
除夜の鐘を聴きながら、女房となった元舟饅頭の女が、こう呟きました。
「私は心が正しくて、あんなことをしたんじゃないの。舟饅頭の頭目は、ひどく欲深い男で、もしもあの大金を見られたら、取り上げられた挙句に私は口封じのため殺されてしまうだろうと思って、怖くて怖くて帰るに帰れず、それで貴方が捜しに来てくれるのをあの場所でずっと待ってたの。」
「そうか、あの日お前も眠れぬ夜を過ごしたのか。」
男はその話を聞くと、女をいっそう愛おしいと思いました。
二人は欲張らず、商売に励んだので、贔屓の客も増え、店は栄え、末永く幸せに暮らしたそうです。

「まんじゅう怖い」の一席、御清聴ありがとうございました。
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by sweetmitsuki | 2016-04-20 20:37 | おどろけー | Trackback | Comments(2)

諸々の曲事罪穢れを払いたまえ清めたまえ

e0078674_664155.jpgもうすぐ梅雨も明け、いよいよ夏本番で、早いもので6月も終わり、今年もあと残すところ半年となってしまいましたが、夏越しの大祓に、茅の輪くぐりりはしてきましたでしょうか。
そして明日は半夏生ですが、タコを召し上がられますでしょうか。
え?そんな行事は知らないですか。
ったく、クールジャパンとかいって海外では大人気だというのに、日本人は知らないから困ったものです。
12月31日、大晦日に神社で溜まった穢れをきれいに祓ってもらうのですが、実は半年に一度6月の30日にも払ってもらう行事があるのです。
このとき、形代(カタシロ)あるいは人形(ヒトガタ)、式神(シキガミ)と呼ばれる紙で切った人間を模したグッズを用い、これはライトノベルやゲーム、アニメでは定番のアイテムですから、やりようによってはクールジャパンの代表としてそれなりに流行るとは思うのですが、誰もその気がないようです。
だいたい、クールジャパンとかいってる人や、クールジャパンが何のことかわからないまま、ただ経済効果だけを期待してる人って、日本の文化や伝統を何もわかっちゃいないんですよね。
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そんな欲得しか頭にない我利我利亡者に、神さまの御利益が得られるわけはありません。
半夏生とは、夏至から数えて11日目頃のことをいい、昔はこの日までに必ず田植えを済ませ、どんなに気候不順な年でもこの後は田植えをしないという習慣があったようです。
地域によっては、タコの他にサバ、うどんなどを戴くところもあるようです。
どれも滋養強壮に良いとされ、夏バテ防止に効果があるといわれています。
夏バテ防止といえば、土用の丑の日のウナギが有名ですが、あれはお値段も良く、つい外国産のまがい物で済ませてしまいがちです。
タコやサバやうどんなら、どんなに高級品を求めてもたかが知れてますから、今年は土用の丑の日よりも半夏生のほうを盛大に過ごしてみるというのはいかがでしょうか。
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by sweetmitsuki | 2015-07-01 06:53 | おどろけー | Trackback | Comments(0)

パルぱるぱる

e0078674_20394754.jpgラフカディオ・ハーンが編纂した「日本の怪談」の中に、「小豆とぎ橋」という話があります。

松江城の鬼門(北東)にある普門院というお寺の近くには、その昔「小豆とぎ橋」という橋がありました。
この橋には、夜な夜な女の幽霊が現れ、橋の下で小豆を洗っているという言い伝えがあり、この場所で謡曲「杜若(かきつばた)」を謡いながら歩くとよくないことが起きるので、決して謡ってはならないとされていたそうです。
ある日、この世に恐ろしいものなどないという豪胆な侍が、「そんなばかなことがあるか」と「杜若」を大声で謡いながら橋を通ったのです。
「ほら、何も起こらないではないか」と笑い飛ばしつつ侍が家の門まで帰り着くと、すらりとした美しい女に出会いました。女は侍に箱を差し出し、「主からの贈り物です」と告げるとパッと消えました。
いぶかしく思った侍が箱を開いてみると、中には血だらけになった幼い子どもの生首が入っていました。
仰天した侍が家へ入ると、そこには頭をもぎ取られた我が子の体が横たわっていたのでした。

なんともおぞましい話で、どうして謡を謡っただけなのにこんなことをするのか、罰を与えるなら本人を罰すればいいのに、どうして何の罪もない子どもを殺すのか、わけがわかりません。
それに、妖怪マニアじゃない人にはわからないと思いますけど、小豆とぎという妖怪は、河童や天狗ほど有名ではありませんが、北海道と沖縄を除く日本各地に伝承のあるとても知名度の高い妖怪です。
そして、どの地域でも小豆とぎは縁起の良い妖怪だといわれていて、娘を持つ女性が小豆を持って谷川へ出かけて小豆とぎに出会うと、娘は早く縁づくとか、貧乏な百姓の嫁取りの時に、何もごちそうができないのを見かねて小豆とぎが赤飯を山のように置いていったという話が伝わっているのです。
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私の知る範囲で、橋に憑き謡曲に怒る妖怪は、小豆とぎではなく橋姫です。
橋姫とはどんな妖怪なのか知らない人でも、丑の刻参りといえばわかるんじゃないでしょうか。
五徳を逆さにして蝋燭を立て被り、藁人形に五寸釘を玄翁でカンカンと打ち付ける呪いの儀式、あれを執り行うのが橋姫で、橋姫は実在の人物であるとされ、嫉妬に狂った女性が生きながらにして鬼になったといわれ、橋姫をあわれに思った後世の人が建てた神社も西日本には少なくなく、どちらかといえば妖怪より神様に近いのですが、やることがやることなので妖怪として扱われています。
神社に祀られてるといっても、御利益は縁切りだけなんですし。
もしかしたらハーンが小豆とぎと橋姫を聞き間違えただけなのかもしれませんが、松江の観光案内にも普門院の近くにかつて小豆とぎ橋という橋があったと書いてありますので、確かなことではありません。
小豆洗いが良い妖怪だといっても、よく読めば男女の仲のことばかりなので、縁結びの妖怪、小豆とぎと、縁切りの神様、橋姫は、もしかしたらどこかに接点があるのかも知れません。
さて、橋と小豆と唄にまつわる怖い話をもうひとつ。

昔々、幾度架け直しても川が氾濫するたびに流されてしまう橋があり、周りの村に住む人びとは大変困っていました。
その村の中に、川の氾濫で母親を亡くした、まだ小さな女の子が、父親と二人きりで暮らしていたのですが、不幸は重なるもので、女の子は重い病気にかかり寝込んでしまいました。
貧乏な父親は医者を呼ぶことができません。
「父ちゃん、あのね、小豆まんまが食べたい。」小豆まんまとは赤飯の事で、女の子の母親が生きていたころに、たった一度だけ食べた事があるごちそうです。
ですが家には、小豆どころか米の一粒もありません。
父親は寝ている娘の顔をジッと見つめていましたが、やがて決心すると立ちあがりました。
父親は可愛い娘のために、生まれてはじめて泥棒をしたのです。
庄屋の倉から一すくいの米と小豆を盗んだ父親は、娘に小豆まんまを食べさせてやりました。
こうして食べさせた小豆まんまのおかげか、病気はだんだんとよくなり、やがて起きられるようになりました。
元気になった女の子は家の外に出ていくと楽しそうに毬をつきながら歌いはじめました。
♪トントントン
♪おらんちじゃ、おいしいまんま食べたでな
♪小豆の入った、小豆まんまを
♪トントントン
その歌を、近くの畑にいた人が聞いていました。
「変じゃなあ、この家は貧乏で、小豆まんまを食べられるはずがないのだが。・・・まあ、いいか」と、そのときは、大して気にもとめませんでした。
やがてまた大雨が降り出して、架け替えたばかりの橋が、流されてしまいました。
村人たちは、村長の家に集まって相談しました。
すると、村人の一人が言いました。
「人柱を立てたら、どうじゃろう?」
人柱とは水神への生け贄として橋脚の下に人を生き埋めにして橋を作ることで、昔は結構あったことのようですがもちろん進んで人柱になる人はおらず生き埋めにされるのは罪人が一般的でした。
誰を人柱にするかという話になった時に、女の子の手毬唄を聞いていた人が父親が蔵から米と小豆を盗んだことを村人にばらしてしまいました。
そして父親は人柱にされてしまい、自分が手毬唄として歌ったために父親が処刑されたのだと悟り話すことができなくなってしまった女の子は姿を眩ましました。
数年後雉の鳴き声を頼りに雉を仕留めた猟師の前に女の子が現れ、雉も鳴かずば撃たれまいにとつぶやき雉を抱いて去っていきました。
それから、彼女の姿を見た者はいません。


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松江には、松江大橋を架けるときに人柱にされた足軽を弔う慰霊碑がありますし、松江城を築城する際、表鬼門である本丸東側の石垣が何度も崩れ落ちたため、崩れのひどいところを徹底的に掘り返したところ、錆びた槍の刺さった頭蓋骨が出現したそうで、城主であった堀尾吉晴が神主を招き丁寧に供養したところ、無事石垣を築くことができたという話が伝わっていて、ハーンが聞いたという、小豆とぎ橋に現れる幽霊も、人柱に関係があるのかも知れません。
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by sweetmitsuki | 2015-06-15 22:30 | おどろけー | Trackback | Comments(0)

本当は恐ろしい舌切り雀

e0078674_20154483.jpg昔話の「舌切り雀」を聞いて、雀はお婆さんの大事な糊を勝手に食べたんだから罰を受けるのは当然で、それなのにお婆さんが最後に酷い目に遭うのはおかしいと思ったことはないでしょうか。
この話には、欲張ってはいけないですとか、弱い者いじめをしてはいけないですとか、そういう教訓が含まれているといわれていますけれども、どうもそれとも違うらしいのです。
記紀には書かれていませんが、日本に古くから伝わる神話の中に、こんな話があります。

遥か昔、人間が稲作を始めたばかりの頃のことです。
ある晴れた秋の日、山の神様が人里を見降ろしておっしゃいました。
「秋になると人間が山に入ってきて、木の実とかキノコを採っていくんだが、最近そういうことをするものが少なくなったな。どうしたのだろうか。」
すると雀が「そういえば人間は夏の間、芦原で草の種を蒔いて大切に育てていましたが、何か関係があるのでしょうか。私が調べて参りましょう。」と答え、人間の国に飛んでいきました。
雀が人間の国に行くと、人間は稲の収穫の真っ最中でした。
雀がそこへ行って稲穂を拾い集め始めると、人間たちは雀を捕え、大切な米を勝手に食べた雀に罰を与えようとしました。
するとお城からきれいな女性が出て来て、「鳥たちがどんなに食べるといっても、どれほどの量だというのです。出し惜しみをするのではありません。鳥たちが食べることで、稲穂も神になれるのです」と言って、箕いっぱいに籾を入れて来て庭の隅にまき「小鳥たち、たくさん食べなさい」と言ってくれました。
その堂々とした振る舞いや、周りの人間のうやうやしい態度から、その女性は人間の国の王なのだと雀は思いました。そして、そのことを山の神様に伝えました。
「それは危ない目に遭わせてしまったな。これからは人間の国に行くときには気をつけなさい。」
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それからすぐに、人間の国から危急の叫び声が聞こえて来ました。そちらを見ると、何とあの優しくしてくれた女王が悪神に魂を抜かれてしまっていたのです。
まわりでは何とか甦らせようとする人間たちが里の神様に祈っていましたが、どうすることもできませんでした。
「あんなに優しい女王だったのに。ここで私は恩返しをしなければ」。そう思ってあたりを見回すと、大地の果ての芦原で悪神が女王の魂をくわえているのが見えました。
雀はそこへ飛んで行き、悪神の頭や肩や手にとまり、面白おかしく歌いながら踊りました。すると悪神は大口を開けて笑ったので、女王の魂が転がり落ちました。雀はそれをすばやくつかみ、人間の国へ飛び帰りました。
そんなことがあったのち、雀は再び山の神様に呼ばれました。
「急に人間たちがたくさんの供物を捧げるようになったので、宴の席を片付ける暇もないほどだ。なぜなのか知っているか。」
雀が一部始終を伝えると、山の神様はたいそう喜ばれました。

雀が人間のものを好きに食べていい理由については、他にもいくつかの寓話があるのですが、古代、人間の国の王の命を雀が助けたから、その子孫である人間はその子孫である雀のために今も食事を用意しなくてはならない、というこの話がいちばん説得力があるように思います。
それに、この話は記紀の「天岩戸伝説」によく似ています。もしかしたら「記紀」も「舌切り雀」も、この神話をもとに作られたのではないのでしょうか。
それに実際、雀が農作物を荒らすからといって、駆除してしまうと大変なことになるんだそうです。
1955年、中国の毛沢東が「雀は悪い奴だ」と言ったとたん、中国各地で雀の大量捕獲が始まりました。
雀抹殺専門の突撃部隊が2400作られ、1年で11億匹の雀を殺し、1967年迄に雀を浄化すると宣言したのですが、その結果どうなったのかというと、雀が食べていた昆虫が大繁殖して、中国の農業は回復不能なほどに壊滅してしまいました。この愚行により、中国全体で4000万人もの餓死者が出たといわれています。
雀を虐めた応報は、いじわる婆さんが担いだ重いつづらの中身より恐ろしかったのです。
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by sweetmitsuki | 2015-04-25 21:25 | おどろけー | Trackback | Comments(2)

おどろけー

e0078674_12531520.jpg身近な妖怪ハンドブック
川村易 著
文一総合出版刊
(試し読みはコチラ

道を歩いていて、名前も知らないきれいな花を見つけて、名前を知りたいと思ったことはありませんか?
この出版社は本来、そういった読者のためにいくつものハンドブックを出版していたのですが、何をとち狂ったのか、こんな本を出していました。
身近に妖怪なんているのか?
妖怪って本当にいるのか?
素朴な疑問は満載ですが、そもそも、妖怪とは姿が見えないもので、姿が見えないからこそ妖怪なのです。
ですが、図鑑を刊行するにあたって、姿が見えないではそれこそ絵にならないので古今東西人間はあらゆる知恵を振り絞って妖怪を描いてきました。
たとえばの話、学校で放課後、誰もいないはずの音楽室からピアノの音が聞こえてきたという話を聞いたことがありませんか?
学校の怪談としては有名な逸話のひとつですが、ふつうそんな音が聞こえてきたら
「夕刻で近くの工場も操業を停止して静かになったから、遠くで響いていたピアノの音が急に近くで聞こえるようになったんじゃないか。」と、もっともらしい答えを考えつくものですが、バカなガキ純真無垢なお子様はそうは思わず、そこに妖怪の姿を垣間見てしまうのです。
本所七不思議のひとつ、狸囃子の怪異の部類に当てはまるのですけど、最近ではこのピアノ妖怪に、違う解釈がなされてるようです。
ひとつは、ピアノ好きだった生徒が不慮の事故で亡くなり、その魂は成仏できずに今もこの世でピアノを弾いているという憑依霊タイプ。
この妖怪を絵にするときは、故人の姿で描かれているものなのですが、誰も故人の姿なんて覚えちゃいないので、ベートーベンのような、教科書に載ってる音楽家の肖像画みたいな姿にされてしまっています。
別の解釈として、年を古く経たピアノが妖怪化した付喪神タイプがあります。
こちらは、鍵盤が歯になって屋根板の下から目が覗いているようなお化けピアノの姿で描かれています。
e0078674_13572432.jpgこのように、想像力たくましい人間は姿の見えない妖怪を絵に描いてきましたが、それではすべての妖怪が目に見えないのかというと、そんなことはありません。
昔の刀匠、村正が鍛えた刀は、持つ人間を殺人鬼に変える魔力があるといいますから、これなどは妖怪以外のなにものでもありません。
椅子文化が定着していない日本では、まだ馴染みが薄いかもしれませんが、西欧では座った人間を祟り殺してしまう妖怪椅子がいます。
日本にも、幽霊が憑りついている竈の話がありますが、これはもっと凶悪な妖怪です。
椅子というのは、単に座る道具ではなく「社長の椅子」「総理の椅子」と、いうように権力を意味しますから、その座を巡って激しい争いが起き、幾人もの犠牲者が出ると、椅子はその血を啜って自ら妖怪化し、人を襲うようになるのです。
暗闇で傘のお化けが大きな目玉と長い舌で人を驚かすのは、怖いですけど面白いし楽しいので会ってみたい気もするのですが、権力の椅子に取り憑かれた亡者どもが果てることのない醜い争いを続けるのを見せつけられるのは、勘弁してほしいものです。
せめて、前者が現実で、後者が夢幻であってくれればいいのですけど。
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竹林にもタケノコが生えてきました。
でもこれ掘ると白黒の車呼ばれちゃいますから掘ってはいけません。
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枯木にキクラゲを発見。これなら採っても怒られないかも。
でも本当に食べられるんでしょうか。ハンドブックで調べてからにしましょう。
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by sweetmitsuki | 2015-04-11 12:55 | おどろけー | Trackback | Comments(2)

不思議なことはあったほうがよい

e0078674_18151722.jpgアキバに初買いに行ってきました。
アゾンの「こもれび森のお洋服屋さん」というシリーズの、ちょっとクラシカルなセーラーワンピです。
このシリーズは嫌いじゃないので他にも何着か持ってますが、このメーカーはお人形は部屋の中で飾って遊ぶものだという固定観念に囚われているのか、暖かそうな外出着というのをあんまし見ません。
私としては、やっぱし冬もアウトドアを楽しみたいのでファーやダウンのジャケットやコートをもっとたくさん出してほしいのですが、そういった需要もないのでしょう。こればっかしは仕方ありません。
「そんなに欲しいなら自分で作ればいいじゃん。」っていわれちゃうかもしれませんけど、買う愉しみと作る愉しみはまた別なのですよ。
さて、買い物も済んだので帰りがてら初詣へ。
アキバだと近くに神田明神、水天宮などがありますけど、ああいうところは混んでるのでパス。何が悲しくて正月早々から行列に並ばなくちゃならないのでしょうか。
だいたい、あんなにいっぺんに大勢の人に来られたら、神様だって迷惑ですし、きっと願い事もいちいち聞いてられないので叶えちゃくれないでしょう。
日本橋堀留町にある、三光稲荷神社に寄ってきました。
この神社は猫の守護神として霊験あらたかで、MK磁石と呼ばれる強力永久磁石を発明したことで知られる、日本十大発明家の一人、三島徳七氏も愛猫の不明に際し当神社に祈願したところ、三か月ぶりに無事帰ってきたそうですから、その神通力は並大抵のものでないことがおわかりでしょう。
この神社のご神体は、関東大震災のとき、神主が奉安して逃げ延び、その後ようとして行方が分からないままになっていたのですが、それからおよそ28年後、福島県の三春町に四百余年続く豪農の池田彦左衛門から日本橋長谷川町役場に「三光稲荷のご神体を預かっているのでお返し致したい。」と書かれた手紙が届き、急いで三春まで訪ね、譲り受けてきたのだそうです。
聞けば福島の道具市に売られていたご神体を自宅に奉斎してお守りしたところ、その農家は一切が神明の御加護か、あたりにあたって繁盛し、これは大変にありがたい神様が来てくれたと感謝すると、当主の枕元に神様が現れ「実は私は長谷川町にある三光稲荷の神様で、早く故郷に帰りたい。」とのお告げをなされ、それで長谷川町役場へ手紙を送り、無事にご神体は元の神社に帰ってきたのだそうです。
ちなみにご神体は写真撮影はおろか拝観もできませんでしたのでどんなお姿なのかはわかりませんでした。
e0078674_19505360.jpg
全然違うとは思いますけど、大観音寺で御開帳されていた荼枳尼天様。人形町つながりというだけで三光稲荷とは何の関係もありません。念のため。

おまけ
e0078674_19595136.jpg人形町で売っていた瓦せんべい。
誰が買って誰が食べるんだこんなもん。
それに六枚で680円ってナニこの値段。
ってことは一枚100円以上すんの?
ただの瓦せんべいにどうしてこんな値段つけんの?
これもアベノミクス効果なの。
こんなもん食べたらお腹痛くなりそう。
本人も早くお腹痛くなって早く辞めればいいのに!
っていうか今年こそは国民の手でぶっ壊しましょう。
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by sweetmitsuki | 2015-01-02 20:02 | おどろけー | Trackback | Comments(4)




手作り雑貨と原チャリ放浪と雑学で綴る、実践お気楽ライフ
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