mitsukiのお気楽大作戦


手作り雑貨と原チャリ放浪と雑学で綴る、実践お気楽ライフ
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カテゴリ:おどろけー( 38 )


千成り瓢箪

e0078674_13525796.jpg明後日はお彼岸で、ついこの間までの茹だるような暑い日差しは嘘のようで、爽やかな秋晴れのお天気ですが、ふとカレンダーを見ると、あと3か月で今年もお終いではないですか。
しかもそのうち12月はもう冬ですから、秋は実質2か月しかないことになります。
もう少し正確に計算してみましょう。
今年の夏至は6月21日で、冬至は12月22日ですから、夏至から秋分の日までは94日なのに比べ、秋分の日から冬至までは90日と、4日も少ないのです。
つまり、暑い時期は長く、秋めいてきたらすぐ冬になるというのは気のせいではなく、本当に短いのです。
そもそも、冬ならば木枯らしが吹いたら冬、春ならば春一番が吹いたら春、夏ならば梅雨が明けたら夏という明確な到来の知らせがあるのに、秋だけはいつから秋になるのかはっきりしません。
そして、紅葉が散ったら秋ももうお終い、氷が張らなくなれば冬ももうお終い、八重桜が散ったら春ももうお終いと、どの季節にもメリハリがあるのに、夏だけはいつまでも残暑が長く続き、はっきりしません。
暑さ寒さも彼岸まで、などと昔の人はいいますけど、彼岸入りした昨日、彼岸花の群生で知られる某所まで出掛けたら、見事にまだ彼岸花が咲いてませんでした。
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彼岸花なんてわざわざ見に行かなくても、その辺の道端に普通に生えてるのですけど、せっかく入院中の貴重な外出時間を使ってまで見に行ったのに(まだ退院してません)本当にがっかりでした。
帰る途中、瓢箪が生っていてとても美味しそうだったのですが、瓢箪は食用の品種でない限り毒があって食べられないそうで、捥いで齧らなくて本当に良かったです(食べられなくても他所の家のものを捥いで齧ってはいけません)。
キュウリもナスも今では一年中出回っていて、いつが旬なのかわかりませんけれど、「秋茄子は嫁に食わすな」という諺があるくらいですから、たぶん夏が旬なのでしょう。
移ろいやすく過ぎ去りやすいとはいえ、紅葉の季節にはまだ日数があり、その証拠にまだ樹々は蒼々と緑の葉を茂らせています。
秋は捉えどころがないゆえに実感しづらく、だからこそ短く感じるのでしょう。
他の季節より4日足りないのは歴然とした事実ですけど。
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彼岸花の画像がこれだけではあんまりなので、近所の道端に生えてた彼岸花。
画像処理したのではなアルビノで本当に白いのです。
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by sweetmitsuki | 2014-09-21 14:57 | おどろけー | Trackback | Comments(2)

ドナドナ

e0078674_10493348.jpg東京農業大学「食と農」博物館で開催されている「開館10周年記念展示 農と祈りー田の馬、神の馬」展を観にいってきました。
現在でも、神社にお参りしたとき、お願い事を絵馬という板に書いて奉納する儀礼は普通に行われていますけど、なぜ絵馬というのでしょうか。
どうやら、はじめのうちは板に書いた絵の馬ではなく、生きた本物の馬を奉納していたらしいのです。
山の神が春になると里に下りてきて田の神として過ごし、秋の終わりに再び山に帰っていくという考え方は、古事記や神話の伝承とは別に、日本人に古くから広く信じられてきました。
田の神の迎え日を旧暦の二月八日(上弦月の日)、送り日を旧暦の一二月八日(上弦月の日)とする地方が多いのですが、この日には祖霊神や養蚕神、道祖神などの福の神の他に疫病神や魔物、妖怪などのありがたくない厄神も訪れるとされる地域も少なくないのだそうです。
山で暮らす狗や狐、狼などの野獣は、農作物を荒らす小動物を駆逐してくれるので、農耕を生業としていた人びとの間で、自然とそのような信仰が生まれたのでしょう。
ですが所詮は信仰の対象はケダモノですから、冬山で獲物がとれなければ、再び里に下りて人間を襲うかも知れません。
ですから、古来より人間は神さまに穏便に山にお帰り頂くよう、馬を納めていたのが、絵馬の始まりなのではないかといわれているのだそうです。
それに、夏の天候不順の影響で、冬に食べるものがなくて困るのは、ケダモノに限らず人間も同じで、そういう年には家畜である馬をさばき、肉や脂を口にして飢えをしのいでいたのでしょう。
琉球大学名誉教授・小島瓔禮氏によると、東アジアの儀礼の馬が犠牲として殺害されるのは、かつて狩猟の対象であった時代に馬を解体したことの反復であり、馬の飼育は、本来は儀礼のために発生したのではないかと述べています。
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それともうひとつ、このような祭祀が行われるようになったのは、農作業に従事する人々が、正確に暦を把握する必要があったからではないかと思うのです。
先にも述べましたように、昔の人は旧暦(太陰暦)を使っていました。
太陰暦の1年はグレゴリオ暦の1年より約11日短いので、ある年のある月日の季節は前年より11日早く、約8年で四季1つぶん早くなり、約33年で季節を一周してしまいます。
それで二十四節気というものを使って季節がずれないように調整するのですが、これが正直、素人には難しくてよくわかんないんですよ。
ですから、農民が種蒔きの時季を間違えないためにも、古来より祭りは欠かせないものだったに違いありません。
実はヨーロッパでも同じようなことがいえて、英語で10月のことをOctober(8番目の月)というのは何故かというと、ローマ人は春分(March)を年の始めとしていたため、1月を年始とする暦とは呼び方に2か月ズレが生じるからなのです。
つまり、古代ヨーロッパでも12月から2月までの間には暦がなかったのですね。
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日本で暦を広めたのは聖徳太子(厩戸皇子)だという信仰がありますが、ヨーロッパで暦を広めたのはイエス・キリストだといわれています。
どちらも馬小屋で生まれた伝説があるのは、果たして偶然なのででしょうか。
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by sweetmitsuki | 2014-09-15 11:00 | おどろけー | Trackback | Comments(6)

やまわろ来る来る 心を隠せよ かたく目を瞑れ

仏教でいう悟りの境地のひとつに、他者の気持ちを理解するというのがあるそうですけど、人の心を見透かすことが、必ずしも正しいこととは思えません。
「もしもし、母さん、俺オレ、実は表沙汰にできない不祥事起こしちゃって示談金が要るんだ。今からいう口座に振り込んでくれないか。」などという詐欺も、人の心理に付け入るという知恵がなければできない行為ですし、大多数の世の中の人は「それは言わない約束でしょ!」という暗黙のルールの中で生きてるものなので、本当のことをそのまま言ってしまうと、「よくぞ言ってくれた。」と称賛されるより、ハブられる可能性のほうが高いのです。
日本に古くから伝わる民話に、「覚りの怪」という奇妙な物語があります。

むかし、炭焼きをして暮らしを立ててる男がおりました。
「今年は雪が積もりそうだから、今のうちにかんじきでも作っておくか。」
かんじきというのは、雪の上を歩くのに便利な、細い木でできた履物のことです。
山に行って適当な木を探しましたが、いい頃合いの木はなかなか見つからず、材料を調達し終わったころには、もうすっかり暗くなっていました。
男は囲炉裏に火をくべると、細い枝を炙って、曲げて、足に合うように加工し始めました。
遠火でゆっくり暖めていかなければ、焦げてしまうので、根気のいる作業です。
男は懐から餅を取り出し、一緒に焼いて食べることにしました。
そこに、今までに見たこともないような化け物が現れて、囲炉裏の前に図々しく座りました。
「おっかねえなあ、なんだいこの化け物は。」男がそう思うと、化け物はすかさず
「親父よ。おっかねえなあ、なんだいこの化け物は。って思ったろ。」と言いました。
男は驚きましたが、また心の中でつぶやきました。「何者だろうこんな奴。早く出て行ってくれないかなあ。」
間髪を入れずに、化物は言います。「今、俺のこと、何者だろうこんな奴。早く出て行ってくれないかなあ。って思ったろ。」
男は「なんて恐ろしい奴なんだ。覚りって化け物がいるって聞いたことがあるけど、こいつのことなんじゃないか。」と思うと、すかさず化け物はこう言いました。「親父よ、俺のこと、覚りの化け物だと思ったろ。」
ちょうどそのころ、餅がいい塩梅に焼けてきました。
「この化け物、餅をくれっていうだろうなあ、でも、こんな化け物に大事な餅をやりたくないなあ。」
男がそう思うと、また化け物が口を開きます。「俺が餅をくれというと思ったろ。でもお前はやりたくないって思ったろ。」
言うが早いか、化け物は目の前にあった餅を全部ぺろりと平らげてしまいました。
男は悔しいよりも恐ろしくなり、「この化け物、餅だけじゃ飽き足らずに、俺まで食い殺すつもりなんじゃないのか。」
化け物は不気味な顔でにたりと笑い「今、俺がお前を食い殺すつもりでいると思ったな。」といいました。
その言葉が終るか終らない内に、火に暖めていたかんじきの木が弾けて、化け物の顔にバーンと当たりました。
「痛てて、痛てて。人間は、思いもよらねこと、考えるもんだ。おっかね、おっかね。こんな所には、居れないよ。」
そう言うと、すぐに逃げて行ってしまいました。
それからは、山に入って泊まる時には、 小屋の入口にかんじきを吊しておくようになりました。
こうすると、化物が来ないといわれているそうです。

どんべすかんこ、ねっけど。


この妖怪は、人の心が読めるようで、実は表面的な事しかわかってないのですね。
本当に人の気持ちになって考えてみれば、かんじきの木を暖めるというデリケートなことをしている最中に無駄話なんかして疎かにしたら、木が暴発するのは当たり前で、人の考えてることを言い当ててドヤ顔してないで、「おい、ボーっとしてたらかんじきにする枝が焦げちまうぞ。」ぐらいのことをいえばいいのに、先の先が読めずに痛い思いをして逃げ帰るあたりが、妖怪と呼ばれる所縁なのでしょう。
覚りに関する数多くの伝説によると、もともとこの妖怪は人里ちかくに住んでいて、里の人々のために占いなどをしていたのだそうです。
覚る、つまり、他者が何を考えているか知ることは、それほど難しいことではありません。
ただ、その先の先を読んで、自分にも他者にも有益な情報を導き出せるかというのは、かなり難しい仕事です。
つまるところ、悟って聖者になるか、覚って妖怪になるか、そこが大きな分かれ道なんじゃあないのでしょうか。
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by sweetmitsuki | 2014-08-01 06:25 | おどろけー | Trackback | Comments(6)

夕峰

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ようやっと今年もひと段落し、あとはもういくつ寝るとお正月を迎えるだけとなりました。
正月や冥土の旅の一里塚、なんてことを言ったのは確か一休さんでしたっけ。
ならばいっそのこと、正月ではなくって誤月を迎えるというのはいかがでしょう。
一年のうち、正月があるのですから当然、誤月があっていいはずです。
それが正月であって何が悪いというのでしょうか。
まず、短冊に願い事を書いて門松に吊るしましょう。
そして、屠蘇散を入浴剤にしてお風呂に入り薬用効果を楽しみましょう。ちょっと高額ですが、お正月ですからそのくらいの贅沢をしてもかまわないでしょう。
 屠蘇とは邪気を屠り、心身を蘇らせるところからそう呼ばれているそうなので、飲むよりも湯に浸かったほうが効果があるはずです。
鏡餅はありきたりなので菱餅を飾りましょう。月見団子でも構いませんし柏餅でも結構です。
お節料理には栗きんとんではなくてモンブランを、伊達巻ではなくてプディングを、黒豆ではなくてゼリー・ビーンズを、蒲鉾ではなくてメレンゲを使い重箱の代わりにガラス容器に敷き詰めてトライフルのように仕立てて頂きましょう。
e0078674_19334977.jpg初詣は、縁の下とか屋根裏に潜んでいる得体の知れないモノを探し出してきて拝みましょう。
日本には八百万も神様がいるのですから今さらひとりふたり増えても誰も気にしません。
自分だけの、オリジナルな神様を見つけましょう。
街にはクリスマスも終わったというのに相変わらずイルミネーションが溢れていますが、もともと日本人ってクリスチャンじゃあないんですから、クリスマスとクリスマスイルミネーションって、何の関係もないんですよね。
だったら、もう何でもアリでいいじゃないですか。
来年のお正月に欠かせないのは、何といっても馬刺しですね。干支ですから。
それとウマヅラハギ、これは肝和えが美味しいんだそうですが、残念ながらまだ食してません。
それとバフンウニ、これも殻つきを生で食べるのが最高なんだそうですが、食べたことはありません。
高価なものですが、お正月なのですから、これくらいの贅沢をしてもかまわないでしょう。
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by sweetmitsuki | 2013-12-28 19:45 | おどろけー | Trackback | Comments(2)

そばの怪異2

e0078674_20451272.jpg江戸時代、そばの定番料理といえばちくわを乗っけた「しっぽく」と、海苔を乗っけた「花巻」でしたが、明治になってきつねとたぬきが登場すると、これらの料理はメユーから姿を消してしまい、今ではお目にかかることがありません。
それはどうしてでしょうか。私なりに考えてみました。
満腹感、というのを感じるのは、料理の量ではなく血糖値なのだそうです。
そばは血糖値が低いので、そばを食べても満腹感を感じることが少なく、落語の「そば清」のように、そばならば何杯でも食べられるという人は少なくないのですが、血糖値が上がりやすい揚げ物を一緒に食べる事で満腹感を手っ取り早く得ることができるのだそうです。
人間というのは怖い生き物で、一度油っこい食事の味を覚えてしまうと、もう二度と元の淡泊な食生活には戻れません。
そば屋のメニューからしっぽくや花巻が消え、代わりにたぬきやきつねが活躍するようになったのは、そんな理由からなのではないでしょうか。
それならば、きつねとかたぬきとかいう、妖しげな名前がついているのも、何となく察しがつきます。
油は、食用としてではなく、燃料や灯火として人びとの暮らしに欠かせないものですが、だからといって、血糖値の高い食事や、過度な暖房や、夜更かしのための照明が、どうしても生活のために必要かというとそうではなく、それはむしろ健康を脅かす、不要で有害なもののはずです。
ですが人間というのは恐ろしい生き物で、一度贅沢な暮らしを覚えてしまうと、もう二度と元の質素な生活には戻れないのです。
油は、人から正常な判断力を奪う、魔性の力を秘めているのではないのでしょうか。
そういえば、ろくろ首は長い首を伸ばして行燈の油を舐めるといいますけれど、灯油が高価なのは今も昔も同じで、ろくろ首とはさぞや恐ろしい妖怪だったに違いありません。
明治の頃、たくさんの人が食べ物に困っていた時代、安価な食材を使い少ない量で満腹感を得ることのできるきつねやたぬきは魔法の食べ物で、発明した人は神だったに違いありません。
ですが栄養の摂り過ぎから病気になる人が珍しくはない現代社会、ヘルシーなしっぽくや花巻が見直されても良いのではないのでしょうか。

・・・と、ここで格好よく記事を終わりにできればよいのですが、私も粋ぶってそば屋に行き、せいろを手繰って帰ってきた後、無性に油っこいものが食べたくなる躯体の衝動を抑えることができません。
人間は一度通ってしまった道を後戻りすることができないのです。
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by sweetmitsuki | 2013-11-01 21:31 | おどろけー | Trackback | Comments(8)

そばの怪異

e0078674_1640384.jpg秋もどんどん深まって新米も新そばも美味しい季節ですね。
「時そば」という落語の演目は、普段あんまし落語を聞かない人でも知ってるという、超メジャーな噺のひとつですが、この噺、よく聴くと不条理なことがたくさん出てきます。
まあ、不条理な話が落語なのですから、当然といえば当然なのですけど。
まず、そばのメニューといえばきつねかたぬきと決まっていそうなものですけど、ここではそんなメニューは出てこず、替わって、「しっぽく」と「花巻」という、見たことも聞いたこともないようなメニューが登場します。
名前からして、大昔からあると思っていたたぬきときつねは、実は悠久の歴史から見ればホンの新参ものに過ぎず、きつねやたぬきといった哺乳類が出現する以前は、しっぽくや花巻という、今では絶滅してしまった生き物が跋扈していたという、ロストワールドやジュラシックパークのような時代があったらしいのです。
さて、油揚げの乗っかったそばを、きつねというのは、なんとなくわかります。
油揚げはお稲荷さまの奉納品で、きつねはお稲荷さまの神使ですから。
でも、油揚げのお寿司をきつね寿司とは呼ばないのですから、油揚げのそばを稲荷そばと呼ばないのは変です。
これがたぬきになると、もっとよくわかりません。
一説によると、衣ばっかり多くて種の少ない天ぷらの乗っかったそばのことを、人を化かすからたぬきといい、遂には種を抜いてしまったからたぬきというのだそうですが、それが本当なら、そんな人をバカにしたようなメニューを堂々と看板に掲げる蕎麦屋の主人は、相当いい度胸しています。
別の説では、ラフカディオ・ハーンの「むじな」で、ノッペラボーのお化けがそば屋に化けて客を脅かしたことにちなんでつけられたそうですが、これだとたぬきの説明になってないうえに、そんなそば、怖くてとても食べに行けません。
それに、たぬきやきつねがあるのなら、動物つながりでかつお節を乗っけた「猫そば」や、妖怪つながりできゅうりを乗っけた「かっぱそば」がないというのはどういうことなんでしょうか。
自分で作って食べてみると、結構美味しいのですけど。
話を時そばに戻しますと、しっぽくというのは、今でいう五目そばのような料理なのですが、落語ではちくわし乗っかってません。
しかも一本丸ごと乗っかってるのではなく、良心的な店でさえ厚く切ったものを出し、そうでない店ではかんなで削ったような薄いもので、もっとひどい店になるとちくわ麩で代用していたそうで、ラーメンにおけるなると的な存在だったようです。
しっぽくが絶滅してしまった理由として、同じ五目そばの一種の「おかめそば」が流行ったから、といわれていますけど、最近ではおかめそばもあんまし見かけなくなってしまいました。
きつねとたぬき、恐るべしです。
そばという食べ物は、伝統という鎖に繋がれてはおらず、コロッケそばですとかカレーそばですとか、時代に合わせて常に新しいメニューをリリースしている斬新な食べ物なので、栄枯盛衰は仕方ないのかも知れません。
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by sweetmitsuki | 2013-10-27 16:59 | おどろけー | Trackback | Comments(4)

本当は怖いんだか怖くないんだかよくわかんないこけし

e0078674_2481342.jpg都市伝説に、「本当は怖いこけし」というのがあって、もともとこけしは「子消し」からきていて、江戸時代の貧しいお百姓さんの村では、経済的な理由から子供を育てられず、生まれたばかりの赤ん坊を、そのままタライに沈めて殺してしまうことが頻繁にあり、こけしは本来そうやって殺された子供を供養するために作られたものなのだそうです。
この説は東大教授の養老孟司氏が、自著「死の壁」でも取り上げていて、東大の先生がいってることなんだから間違いないだろうと思っていましたら、実はこれもウソだという意見があるのです。
江戸時代になって戦争がなくなり、世の中が豊かになってくると、人びとは贅沢になって、高級品を欲しがったり、美味しいものを食べたがったり、遠くへ物見遊山に出掛けたりするようになります。
江戸時代の日本は、現在の中国と同じで、お百姓さんは生まれた土地を離れてはいけなかったのですが、温泉治療といって申し出れば、お上から許可が下りたのです。
こけしはエッチな形をしてるといわれてますが、これは偶然ではなく、もともとこけしは人形ではなく快癒器だったそうなのです。
湯治に出かけ、風光明媚な景勝地を楽しんだなら、その晩は按摩さんを呼んで更に癒されたいというのが人情ですが、そこまでお金に余裕のない人は、木の丸い玉に棒をつけた「ツボ押し器」を使って自分で自分を癒したのだそうです。
ある宿屋の主人が、この「ツボ押し器」に目鼻を書いて売り出したところ大ブレイク。
誰も彼もが土産物として買い求めるようになり、これがこけしの始まりで、こけしは「凝り消し」が訛ったものなのだそうです。
どちらが正しいのかはわかりません。
ただ「本当は怖い説」が正しいなら、江戸時代とは貧しい陰惨な時代ということになります。
「本当は怖くない説」が正しいなら、江戸時代は明るい楽しい時代だったということになります。
手懸かりとなるのは、こけしはすべて木でできていて、陶器のものや、金属製のものはないということ。
これが雛人形なら、紙でできていようと、卵の殻でできていようと、お雛さまであることに変わりはありません。
そして、こけしは「ろくろ」という、木のお椀やお盆を作るために使う特殊な機械で削ったものだけをこけしと呼び、手彫りのこけしというのはありません。
つまり、他の人形なら、お金がなければ自分で作って済ませることができるのですが、こけしだけは、自分がろくろ職人でない限り自作は不可能で、欲しければお金を出して買わなければなりません。
e0078674_4373694.jpg実はこけしとは、貨幣経済と密接なつながりがあったのです。
貨幣経済というキーワードを通して考えると「温泉に物見遊山に出かけ、お土産を買って帰る」ことと「生まれたばかりの赤ん坊を殺す」ということは、表裏一体の関係にあるということになるのではないでしょうか。
お弁当を持たずに、長距離を移動するというのは、貨幣経済が発達してなければ不可能なことです。
山奥で、猿や鹿や猪を相手にお金を渡しても、彼らは決して食べ物をくれたりはしません。
一方で、お金がないから愛しい我が子を自ら手にかけるというのも、貨幣経済に支配されてるからで、狩猟採取生活が中心だった縄文人は、そのようには考えなかったと思います。
こけしの由来が結局のところどうなのかはわかりません。
ただ、こけしが貨幣経済の発達に伴い普及していったのは間違いのないことです。
お金は人を幸せにもすれば不幸にもするものです。
私たち現代人は、貨幣経済に頼りすぎてるんじゃないでしょうか。
もっと、お金に左右されない、別の生き方があってもいいんじゃないでしょうか。
こけしの都市伝説は、そんなことをいいたかったんじゃないのでしょうか。
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by sweetmitsuki | 2013-07-18 03:59 | おどろけー | Trackback | Comments(2)

かっぱ天国

e0078674_5355836.jpgハーバルハウスの正面窓を作ってみました。
白のカラーニスを薄く塗ってあるのですが、もう少し濃くても良かったみたいです。
細かいところをどうするのかまだ決めてないので、しばらくこの状態で静観です。
本格的な作業はGWにする予定。

リアルベランダではトマトに続いてきゅうりの苗を植えました。
タキイ種苗の夏すずみ(ブルーム台木)です。
ブルームきゅうりというのは、白い粉をふくきゅうりのことできゅうり本来の柔らかい歯ごたえが楽しめ、自家栽培できゅうりを作っている人はこのきゅうりを作っているのが普通なのですが、病気や害虫に弱いという欠点があるので私は初挑戦です。
タキイの技術で育てやすく病害虫にも強く改良が施されているので、私でも育てられるんじゃないでしょうか。
ブルームきゅうりというより「昔のきゅうり」と呼んだほうがわかりやすいのですが、このきゅうりが誕生したのは江戸時代後期の砂村(現在の江東区)で、実はそれほど昔の話ではありません。
巻きずしの芯にきゅうりを撒いたものを「かっぱ巻き」といいますが、このメニューがお寿司屋さんの看板に登場したのは戦後のことですから、日本人がきゅうりを食べるようになったのは最近のことなのです。
きゅうりはかっぱの大好物だといいますがこれも間違いで、かっぱの大好物は尻子玉(人間の生き胆)です。
かっぱは水の神さまですから、子供を襲って食い殺しても、人間は我慢するしかありません。
それどころかもっと積極的に、水の恵みにあやかるため、生け贄を捧げていた時代もあったのです。
それが科学が発達して水道が整備されると、水はあんまし有り難いものではなくなります。
そうなると水の神さまの霊験も零落し「生け贄だなんてとんでもない。子供を襲うような悪い奴は退治してしまえ。」ということになり、仕方がないから好物の尻子玉は我慢してきゅうりを食べているのです。
科学の発達により、神さまが落ちぶれて妖怪になってしまったのです。
そもそもきゅうりというのは、グルメで有名な水戸のご老公様こと、徳川光圀によると「毒多くして能無し。植えるべからず。食べるべからず」と散々な評価をされていますし、ギネスブックにも「世界一栄養価の低い野菜」という大変不名誉な項目に載っています。
それでもどうしてきゅうりを育てるのかというと、答えは簡単。成長が早くたくさん実がなるからです。
現代でこそ、今のこの時期にタケノコやフキを食べるのは、季節を味わう風流で優雅なことのように思われていますが、昔は春にまいた種が収穫できるようになるまでの時期を「春窮期」と呼んで、口に入るものは雑草でも何でも食べていたので、成長の速いきゅうりは不味かろうと栄養がなかろうと有り難たかったのです。
さて、どうしてきゅうりがかっぱと関係あるのかというと、それは畑で最初に収穫される作物がきゅうりだったからです。
かっぱは人を襲う恐ろしい化け物ですが、それでも水の神さまには違いありません。
水の恵みを得てできたものは、まず最初に水の神さまに捧げるのが、この国の習わしなのです。
科学の進歩により、日本人は神さまを畏れなくなりましたが、それでも神様への感謝は忘れなかったのです。
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by sweetmitsuki | 2013-04-22 06:27 | おどろけー | Trackback | Comments(4)

死骸にまたがった男

ラフカディオ・ハーンの何がどう凄いのか一口で簡単に説明すると、日本という国の良さを海外に紹介するにあたって、世界最古の文学作品といわれている「源氏物語」ではなくって「平家物語」を持ってきてるところ。
普通、誰だってその国の文明の高さを喧伝しようと考えたのなら、いちばん華やかな中心部の宮廷文化に光を当てようと考えるのが当然で、辺境の海底を彷徨う亡霊の話を伝えようとはしないでしょうに。
ジャーナリストとして世界中を駆け巡ってきたハーンは「源氏物語」に描かれている煌びやかな京の都の佇まいや、そこで暮らす貴族たちの優雅な暮らしより、もっと美しいものを世界各地のいろんな都市で見てきたに違いありません。
ところが「平家物語」に描かれている人びとの慎ましさ、貞節、献身愛よりも美しいものを、日本以外のどの地でも見ることはなかったのでしょう。
文明の高さとは、中心部の都市のインフラがどれだけ整備されているとか、精巧な美術品が溢れているとか、明晰な頭脳を持つ学者が揃っているとか、そんなことではないとハーンは知っていたのです。
そんな日本贔屓のハーンですが、日本人の欠点についてこういいたかったんじゃないでしょうか。
他人の勤勉さや優しさに甘え、自らが果たすべき務めを怠り、その結果不幸を招いても反省せず、責任を誰かになすりつけようとする身勝手な輩が少なからずいる。
落語に登場する、放蕩三昧の末親に勘当され、出入りの職人の家に押しかけ居候している若旦那なんかがまさにこのタイプですね。
「船徳」「湯屋番」「紙屑屋」など、このタイプの男が登場する演目は沢山ありますから、昔の日本には相当いたのでしょう。
ハーンが集めた「死骸にまたがった男」という日本の古民話はこのタイプの男が主人公で、その身勝手さゆえに元妻の亡霊に祟られて殺されそうになるのを陰陽師に助けられるというストーリーなのですが、ハーンはその結びにこう記しています。
この話の結末は、どうも道徳的に満足できるようには思われない。この死骸にまたがった男が発狂したとも、髪が白くなったとも記録されていない。ただ、「男泣く泣く陰陽師を拝しけり」と述べられているだけである。この物語につけてある注記も同じように失望すべきものである。日本の作者はいう、「その(死骸にまたがった)人の孫、今も世の中にあり」
近年になって刊行された「小泉八雲全集」を読むと、ハーンの望み通りこの主人公は白髪になり廃人になる結末を迎えている話になっている本もあるのですが、現実にはこの男には孫がいるというのですから後妻を迎えてのうのうと生き延び天寿を全うしている、それが気に入らないとハーンは述べているのです。
ハーンの作品ではありませんが鶴屋南北の「四谷怪談」の伊右衛門や近松門左衛門の「女殺油地獄」の与兵衛なんかもこのタイプの男ですね。
ハーンが「死骸にまたがった男」を「四谷怪談」のような復讐劇に改編しなかったのは、こんなロクデナシを許してやれる女性の優しさも日本人の美点のひとつと考えたからなのでしょう。
ですが伊右衛門や与兵衛みたいな悪党はまだカワイイほうで、最悪なのは、このタイプの人物が国の政治や軍の指導者になってしまった場合。
壇ノ浦の合戦で安徳天皇のために命を捨てて果敢に戦った平氏の物語が今なお語り継がれているのに比べ、太平洋戦争で昭和天皇のために命を捨てて勇敢に戦った兵士の物語がそのような扱いを受けていないのは、敗戦後に開かれた裁判でこの国の指導者が自分の罪や責任を保身のために最前線で戦って死んでいった兵士になすりつけ、国民もそれを黙認したからではないのしょうか。
敗戦後、日本人は変わってしまい、多くの美点を失ったといわれていますけど、国民の勤勉さや優しさに甘え、自らが果たすべき務めを怠り、その結果不幸を招いても反省せず、責任を誰かになすりつけようとする身勝手な政治家や官僚の体質がまったく変わっていないのは、どういうことなんでしょうね。
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by sweetmitsuki | 2012-12-13 18:40 | おどろけー | Trackback | Comments(4)

本当はもっと恐ろしい雪女

e0078674_14332100.jpgラフカディオ・ハーンの描いた「雪女」の舞台は、雪深い北国ではなく東京の調布なんだそうです。
意外に思うかも知れませんが物語をよく読むと、山を生業の場にしている老練な木こりなら山で遭難しても経験豊富な知識から危機を切り抜けられそうですが雪女にあっけなく殺されてしまいますし、どうやらこの木こりは雪には不慣れだったようなのです。
それならば雪国の話ではなく調布の話のほうが納得がいきます。
ハーンはこの物語を海外で紹介するにあたって「調布の百姓から聞いた、日本では有名な話」と注釈を入れてますが、日本の昔話に雪女の出てくる話は沢山あっても、雪女が人間の男と結婚する話は実は一つもないのです。
そのため、この話はハーンの創作だといわれているのですが、それならば何故わざわざ調布の百姓から聞いたと断っているのかわかりません。
調布という地名の「調」の字は、古代の税制の租庸調の調のことで調布は古代から布づくりの盛んなところでした。
布づくりが関係して、日本では有名な昔話で、「雪女」によく似た話といえば「鶴女房」(鶴の恩返し)意外に考えられません。
ハーンはもしかしたら「鶴女房」を聞いて「雪女」を描いたのではないでしょうか。
話はちょっとずれますが、古代の布づくりについて「魏志倭人伝」に興味深い記述があります。
種禾稻紵麻蠶桑緝績出細紵縑綿
要約すると、倭人は麻を植えて綿を作っているというのですが、麻から綿が作れるわけがありませんし、だいいち、綿は暑い地域の特産品で日本では三河の僧侶が室町時代に品種改良に成功して栽培できるようになるまで国産のものはありませんでした。
そうなると「魏志倭人伝」の記述が正しいのなら邪馬台国では中国人が綿織物だと見間違うほど上質な布を麻から作り出す技術力があったということになります。
鶴女房が決して開けてはならないと念を押して誓わせた扉の向こうに、邪馬台国の謎が隠されているのでしょうか。
その謎を解く鍵は、調布の布多天神の境内にあります。
「布晒しの碑」という石塔が建っていて
多摩川に 晒す調布 さらさらに 何ぞこの娘の ここだ愛しき
という、万葉集に収められている東歌が刻まれていて、ここが日本の布づくり発祥の地だと記されているのです。
麻布は川の水に浸してよく揉むと硬かった麻の繊維は柔らかくなって綿布のようになるのだそうですが、農閑期の冬に行われていたであろうこの作業、想像を絶するほど過酷なものであったに違いありません。
鶴女房が自らの羽を引き抜き赤裸になった素肌は、凍傷で爛れた皮膚を連想させます。

e0078674_14493484.jpg動物が人間に変身する話は、西洋のお伽話にもあるのですが「美女と野獣」「白鳥の湖」「カエル王子」のように、魔女の呪いによって動物にさせられた人間が元の姿に戻るという話がほとんどで、日本昔話のように動物が種も仕掛けもなく人間に変身する話はあんまし聞きません。
そして日本昔話に登場する動物は宝物を授けてくれるなど人間より優れた存在として描かれているのに比べ、西洋では動物は人間より劣った存在として描かれている話がほとんどです。
ハーンはこの点に留意して、西洋で日本の古民話を紹介するにあたって物語の主人公を鶴女房から雪女に書き換えたのではないのでしょうか。
もう少し、「鶴女房」と「雪女」の違いを比べてみましょう。
鶴女房の夫は鶴を助けるという善行を施していますが、雪女の夫は特に善い行いをしたわけではありません。
雪は時として猛威を振るい人を死に追いやる恐ろしい自然現象ですが、同時に大地を潤し生命の恵みをもたらします。
その姿はハーンが作品で描いた、何も悪いことをしていない人間を殺したかと思えば特に善いことをしてもいない人間を助ける雪女そのもので、自然は人間のために神が作ったものだから人間が自由に開拓してもよいと考える西洋文明に疑問を持ち、自然は人間のためにあるのではないから人間が勝手に手をつけてはいけないと考える日本文明を支持するハーンは、この物語を単純明快な勧善懲悪で終わらせたくなかったのでしょう。
鶴女房は夫に自らの羽を織り込んだ宝物を授けますが、雪女は10人の子を設けても出会った時と変わらぬ美しいままという以外、夫に宝物を授けない点にも注目。
宝物を手にした男は、仕事を怠けるようになり贅沢な遊びを覚え、どんどんダメ人間になっていきます。
お金は人を幸せにするどころか逆に不幸にするだけで、家族の団欒こそが本当の宝物だとハーンはいいたかったのでしょう。
動物も人間も同じ生命の価値があり、山や森には精霊が住まう、そう信じ続けることができたなら、幸せはきっといつまでも続いたでしょうに、自然の恵みや女性の労働力を単なるモノ=搾取の対象として見てしまった瞬間、宝物は幻となって消えてしまうのでした。
e0078674_1518745.jpgハーンの生きた時代、日本は厳しい選択を迫られていました。
明治維新、文明開化、富国強兵、恰好のいい言葉とは裏腹に、その財政を支えていたのは輸出総額の1/3を超える生糸の生産で、貧しい農家に生まれた少女たちは製糸工場で過酷な労働を強いられ逃亡防止のために鉄格子が張り巡らされた寄宿舎で、地獄のような生活を余儀なくされていました。
正月を故郷で過ごそうと、雪の降り積もる険しい道中で行き倒れ、郷里の親との再会を果たせず死んでいった少女たちも数多いと聞きます。
そんな彼女たちの悲しい最期に、ハーンは雪女の面影を重ね合わせたのでしょうか。
今度の選挙でも平成維新とか平成の開国とか世界に誇る日本の技術力とか、そういう、言葉だけは格好のいいことを軽々しく口にする輩がたくさんいますけど、そんな連中にこの国の舵を任せていいんでしょうか。
投票に行く前に、もう一度歴史を振り返って、この国にとって本当の幸せとはなんなのか考えてみようと思います。
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by sweetmitsuki | 2012-12-09 14:25 | おどろけー | Trackback | Comments(4)