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カテゴリ:朝鮮の○○と日本の××( 10 )

日本語の正体の正体

e0078674_431636.jpg日本語の正体―倭の大王は百済語で話す
金 容雲著
三五館刊

この本を読んだのはずいぶん前のことで、その時は感想を述べるまでもないと思いスルーしたのですが、最近になって面白い話を聞いて、再び読み返してみました。
北極星とは、昔から変わらないのではなく、どんなに優れたフィギュアスケートの選手の回転にもわずかにブレがあるのと同じように、地球の自転にもブレがあり、北の天、じゃなかった、地球の自転軸を北極側に延長した線上に位置する星は数千年という時を経て移動し、現在の北極星はこぐま座α星のポラリスですが、旧約聖書が書かれたころの北極星は、こぐま座β星のコカブで、紀元前2800年頃はりゅう座α星、紀元前11,500年頃はこと座のベガだったそうです。
本当は、北極星が動くのではなく、地球の自転軸が動くんですけどね。
北極星はそれほど明るい星ではなく、いつでも見れるわけではないので、夜空に北を求めるのなら、北斗七星の位置から推理したほうが、大雑把で不正確ではありますけど、手っ取り早くて簡単なんだそうです。
西洋では、北斗七星のことをおおぐま座と呼んでいますけど、あれは誰がどう見たって尻尾が長すぎてクマには見えません。
神話では、神さまが尻尾をつかんで天空に放り投げたために伸びてしまった。と解説していますけど、これはどうもこじつけのような気がします。
人間に方位を教えてくれる星が象徴する動物は、森の王であるクマが相応しく、イタチやキツネでは役不足だからなのではないのでしょうか。

さて、前置きはこのくらいにして「日本語の正体」を読んでみましょう。
七人の侍が日本に降臨してきた?という副題を設けて、天孫降臨ゆかりの地、日向に七隈神社があるのは、朝鮮半島から渡来した七人の王子を祀ったものだと書いてあるのですが、先に述べたように七隈とは北斗七星のことで七人の王子ではありません。
著者は考古学や言語学の専門家ではなく、数学者だそうですが、それならばなおさらのこと、七という数字から北斗七星を連想できないところを見ると、朝鮮には北斗七星にまつわる信仰がないのでしょう。
どうしてこの本に、こんなにも間違ったことばかり書いてあるのかというと、BC4~3世紀の航海技術上、農業革命を引き起こすほどの集団が朝鮮半島を経由せずに直接日本列島にたどり着くのは不可能であると断言してしまっているからなのです。
実はアウトリガーカヌーといって、丸木舟に添え木をつけただけの粗末な船でも、外洋の航行は不可能ではなく、現に南洋諸島で古来からの伝統や習慣を頑なに守りながら生活している人びとは、このアウトリガーカヌーを使って離島を往来しているのです。
著者は日本にはいわゆる「南方ロマン」というものがあり、稲の南方渡来説や日本語の起源をタミール語に求める説を盲信する人が少なくないとする一方で、韓国には逆に「北方ロマン」があり、日韓人がおのおの南方・北方に思いをはせているのは、南進に希望を託し列島に渡った日本人、または北進の夢を持ち続けながら半島に留まった半島人の精神的遺伝子を受け継いでいるから、いわば、血が騒ぐということでしょう。と結んでいます。
ロマンや信仰は確かに大事ですし、私も古代史に妄想を膨らませて荒唐無稽な絵空事を想像することは大好きなのですが、それは史実と似て非なるものであると認識していることが前提だと思うのです。
この本が、韓国のSF作家がふざけて書いたのものであるのなら面白く読めたのですけど、大学教授が大真面目になって書いた本だと聞き、妙に興ざめしてしまったのでした。
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by sweetmitsuki | 2014-06-13 05:45 | 朝鮮の○○と日本の×× | Trackback | Comments(2)

朝鮮の白衣と日本の藍染め

e0078674_9273442.jpg今どきは個人個人がそれぞれの好みに合わせた服飾を楽しんでいるので、そんなことはないのですけど、それでも国や民族によって選ぶ服の色は違うという傾向は未だあるようです。
たとえば、靴下などの下着では、日本人は濃く染められた色を選ぶ人が多いのに比べ、朝鮮人は純白を選ぶ人が多いようです。
これは単なる嗜好の違いではなく、日本人と朝鮮人では、衛生に対する感覚が、まったく異なるからなのです。
つい百年前まで、朝鮮人はみんな白い服を着ていて、朝鮮を訪れた外国人はのきなみ驚いたものですが、実は日本人だって、つい百年前までは、みんな紺色の服を着ていたのです。
これには理由がありまして、日本人が古来から染料として使っている藍には、汗疹や肌荒れ、虫刺されの予防、消臭抗菌効果があって、クーラーなどなかった時代、高温多湿の日本の夏を凌ぐには、藍で染められた衣類を着るしかなかったのです。
そういえば日本人は今でも、お祭りのときに、いちばん大切なお神輿を担ぐ担ぎ手は、頭のてっぺんから足のつま先まで、全身藍で染め上げられた装束を身に纏います。
そしてそれは、どんなに高級で上等な着物より、それを身に纏うほうが誇らしく晴れがましいとされているのです。
ラフカディオ・ハーンも、東洋の第一日目というエッセイの中で、紺の股引に紺の上着を羽織り、紺の手拭いで汗を拭く人力車夫について「本来ならば動物がやるべき仕事を、乗客を思いやるという心を持った人間がする人力車は、私が今まで乗ったどんな乗り物よりも快適である。」と、述べています。
19世紀の朝鮮人が白い服を着ていたのは日本人にとっても驚きだったようで「朝鮮に染色技術はないのか?彼らはそれほど貧しいのか?」という誤解を与えたようですけど、落語の「裏は花色木綿」とう噺でもいわれているように、藍染めは繊維を丈夫で長持ちさせる効用がありますから、白い布を白いまま使うほうが、ずっと贅沢なことなのです。
それに、西洋でも頭脳労働者のことをホワイトカラー、肉体労働者のことをブルーカラーと呼んでいますから、汗をかくことを恥だと思わない日本人のほうがおかしいのかも知れません。
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by sweetmitsuki | 2014-03-16 10:10 | 朝鮮の○○と日本の×× | Trackback | Comments(11)

朝鮮の韓流たくあんと日本の和風キムチ

e0078674_6195522.jpg最近では朝鮮レストランでなくても、お通しや箸休めとしてキムチを供するお店が増えてますけが、そういうお店で出されるキムチは、浅漬けの素にキムチ風味を加えて漬け込んだ、味覚的にはあっさりした物が多く、韓国式の本格的なキムチとは区別され、浅漬けキムチや和風キムチなどと呼ばれています。
韓国本来の製法で作るキムチは魚介の塩辛が乳酸発酵し、濃厚な旨味成分と酸味を伴うのですが、この発酵臭とニンニクや魚介の香りが混ざった強い臭気が伴うので好みが分かれ、お手軽で値段も手ごろな日本の和風キムチのほうが好き、という人は日本人のみならず最近では朝鮮人にも多いようです。
さて、朝鮮レストランで調理を注文するとメインのおかずのほかに必ず、バンチャンと呼ばれる小鉢に入ったおかずが何鉢か出てくるのですが、バンチャンにはもちろんキムチが出されることが多いのですけれども、たくあんが出されることが意外と多いのをご存じでしょうか。
そのたくあんは、日本のたくあんを食べやすい大きさに切ってから、彼らの好みに応じておろしにんにくやトウガラシやごま油などで和えたもので、ダンムジムチム(たくあんの和え物)と呼ばれているのですが、言い辛いから韓流たくあんと呼んでしまいましょう。
実は朝鮮では「日帝の持ちこんだもので沢庵だけは格別である。」という言葉があるくらい、たくあんは朝鮮社会に浸透していて日本よりもキムチよりも朝鮮人はたくあんを消費しているそうです。
そもそも、たくあんとキムチは同じ漬物でしかもお隣の国の食べ物でありながら、作り方はまったく違います。
日本ではたくあんを干したダイコンと塩と糠で作りますが、朝鮮ではキムチを白菜(他の野菜で作ることも)にトウガラシ、ニンニク、ニラ、塩辛、魚醤などいろいろなものを混ぜ合わせて作ります。
いちばん違うのは、たくあんは甘味を加えるのに柿の皮だけを加えるのに比べ、キムチは果物(主にリンゴや梨)の果実をすりおろして入れること。また、キムチは生牡蠣や蜂蜜や牛肉など、高価な食材を使った贅沢なものが作られますが、たくあんではそんなことはしません。
ではたくあんは貧民しか口にしない粗末な食べ物かというとそんなことはなく、たくあん漬けの語源となった東海寺の沢庵禅師と三代将軍家光とのエピソードはあまりにも有名で、たくあんには江戸患い(ビタミン不足による生活習慣病)を治す薬効があり、お金持ちや位の高い人までが好んで食べたといわれています。
そのような歴史から、現在では本格的なたくあん、濃厚な韓流たくあん、本格的なキムチ、あっさりした和風キムチと、さまざまなバリエーションが派生しているのですが、要は美味しければ何でもいいので、お好みに合わせて漬物を食べ比べてみてはいかがでしょうか。
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by sweetmitsuki | 2013-06-03 06:08 | 朝鮮の○○と日本の×× | Trackback | Comments(2)

朝鮮のデボルムと日本のひなまつり

e0078674_20465063.jpg節句というのは日本が唐時代の中国から取り入れた暦なのですが、3月に雛人形を飾ったり5月に鯉幟を揚げたり7月に短冊に願い事を書いたりするのは日本だけで、中国では昔からそんなことはしないんだそうです。
季節毎にお祭りの飾りつけをしないとつまらないと思うのですが、外国の人はそう思わないのでしょうか。
日本人は国内のお祭りだけでは足りずに外国のお祭りまで祝っているというのに。
五節句のひとつ、ひな祭りは、もともとは旧暦の3月3日に行われる行事でしたが、今では新暦(グレゴリオ暦)の3月3日に行われる行事になってしまいました。
つまり、本来は春分の日の後に行われ、「暑い寒いも彼岸まで」という言葉があるように、彼岸(春分の日)の前と後では気候が大きく違い、祭りの内容も変わってくるだろうと思うのですが、それもそんなに悪いことばかりではありません。
例えば雛祭りにはハマグリのお吸い物が欠かせませんがハマグリの旬は2~3月で、旧暦のひな祭りには食べ頃を過ぎてしまいます。
さて、朝鮮では旧正月から数えて最初の満月(旧暦では1日は必ず朔日になるので15日)をデボルムといい、正月と同じくらい盛大に祝うそうです。
旧正月がグレゴリオ暦の2月半ば頃だと、ちょうど日本のひな祭りと朝鮮のデボルムが同じ時期に行われるようになり、ひな祭りはもちろん女の子の節句ですし、デボルムは別名「女正月」と呼ばれるように、この二つの行事には以外にも共通点が多いのです。
まず朝鮮ではプロムといって、ナッツを食べます。そうすることで邪鬼を追い払うことができるといわれているのです。
日本ではひなあられを食べます。ひなあられは地方によって違いますが、東京で食べられているのはポン菓子です。
ポン菓子とは、20世紀の初めにアメリカの科学者が実験の失敗から偶然に生まれた食品で、どうして古式ゆかしき日本の伝統行事にそんなものを食べるのか、理由は一切不明。
このいい加減さが日本なのです。
朝鮮ではイミンジュ(耳明酒)といって、耳がよく聞こえるようになるといわれているお酒を呑みます。
日本でも白酒を呑みますが、今ではもっぱら甘酒を飲みます。実は甘酒には、体を冷やす効能があるので夏の飲みものだったのですが、ひな祭りに飲まれるようになってからは冬の飲み物になってしまいました。
甘酒を飲むと体が温まるのは、ショウガが入っているからです。
朝鮮ではムグンナムル(乾燥野菜の惣菜)とオゴッパブ(五穀飯)を食べますが、日本ではちらし寿司を食べます。
これはお祝いの席の豪華な料理ではなく、冬の保存食のレシピを親から子へ、子から孫へ伝え、もしもの時に家族の生命を救う術を受け継がせるための重要な儀礼だったのでしょう。
日本でもちょっと前まではお寿司といえばちらし寿司かのり巻きのことだったのですが、いつから日本はこんなに贅沢になっちゃったんでしょう。
ちなみに朝鮮にものり巻きはあるのですが酢飯は使わず、節分の日に一気食いしたりもしないそうです。
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日本や朝鮮の文化の源流は中国にあるといわれていますが、むしろ中国にはない、日本や朝鮮独自の風習にこそ、文化の源流があるような気がするのです。
日本のひな祭りは中国の上巳節に由来し、朝鮮のデボルムは元宵節から来ているので本来まったく違うものなのですが、ここまで似てくると他人事とは思えないものを感じてしまいます。
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by sweetmitsuki | 2013-02-11 22:28 | 朝鮮の○○と日本の×× | Trackback | Comments(2)

朝鮮の豆腐チゲと日本の湯どうふ

e0078674_13393063.jpgめっきり寒くなってきて鍋料理が恋しい季節になりましたね。
鍋といえば何といっても湯どうふがいちばんですが、日本人は湯どうふを取り皿に分けてつけ汁に潜らせてからでないと熱くて食べられないのに、朝鮮人は豆腐チゲをぐつぐつ煮えてる鍋から金属のスプーンで直接口の中に入れてどうして火傷しないんでしょうか。
実は日本人は豆腐をカタマリのまま食べようとするから熱いのであって、朝鮮人のようにスプーンで崩して食べればそれほど熱くないのです。
豆腐の食べ方ほど、朝鮮人と日本人で違うものもないんじゃないのでしょうか。
朝鮮人は豆腐チゲを、肉や野菜や魚介類をバランスよく加えて作りますが、日本人は湯どうふを、豆腐と昆布と水だけで作ります。
白菜と鱈を入れる人もいますけど、私にいわせればそれは王道ではありません。
それでは湯どうふは豆腐チゲに比べて粗末な料理なのかというとそんなことは決してなく、豆は丹波の厳選した豆を京で厳しい修行を積んだ熟練した職人が瀬戸内海の天然にがりと灘の伏流水で丁寧に仕上げ、昆布は利尻の昆布を、というように、理解できない人にはまったく理解不能なカスタマイズによってグレードはいくらでも上げられるのです。
まぁ、スーパーの豆腐でも充分美味しいんですけどね。(もちろん遺伝子組み換えでないとはっきし表示されてるものに限りますけど)
朝鮮人は豆腐チゲを1/3ぐらい食べたらご飯を入れて雑炊にして食べるのですが、日本人は湯どうふでそんなことしません。
もちろん日本人も湯どうふの残り汁を捨ててしまうのはもったいないので雑炊にしますが、そのときは鍋の中身を全部平らげてからにします。
湯どうふそのものも美味しいのですが湯どうふの茹で汁で作る雑炊もさらに美味しく、味付けは個人の好みによって異なりますが、私は鰹節と味噌で猫まんま風にして食べるのが好きです。
煮立ったらこれも個人の好みですが、私はあらかじめ別容器に割り入れて粗く溶きほぐしておいた卵を螺旋を描くように静かに入れ、葱と七味をトッピングして食べます。
素朴で淡白な味わいながらもしみじみ美味しく、日本人に生まれて良かったという喜びが心の底から湧いてくるこの味わいは、蟹や河豚では決して味わうことのできないものでしょう。
このように、朝鮮人は豆腐とほかの食材とのハーモニーを楽しむ「混ぜる」(ビビンバ)の文化なのに比べ、日本人は豆腐そのものの味わいを追及する「拘り」(オタク)の文化といえるでしょう。
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大久保コリアンタウンにて、
産地直送なのでこのプライス。
どうだ、韓国好きだろ。
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by sweetmitsuki | 2012-12-16 14:22 | 朝鮮の○○と日本の×× | Trackback | Comments(2)

朝鮮のホットクと日本のたいやき

e0078674_20475633.jpg日本でちまきといえばお菓子のことですが、ほかのアジアの国に行くと豚の角煮とかが入っていて、ご飯で作ったハンバーガーのようなものだったりします。
中国などは飲茶のお国柄なのにお茶請けの点心はおかずっぽいものがほとんどでお菓子類は月餅とかゴマ団子とかロクなものがありません。
彼方の国の人たちは、あんまし甘い物とかお好きじゃあないんでしょうか。
そりゃ、希少な食材をふんだんに使って贅沢に仕上げた逸品なら美味しいのでしょうけど、そんな高価なもの、私の手に届くはずがありません。
だいたい、ごく一部の限られた金持ちの口にしか入らないようなものを引き合いに出して、その国の食文化を語るのはおかしいと思うのです。
たとえばお隣の韓国では、おやつ系の食べ物はトッポギとかやっぱし甘くない味付けのものがメインなのですが、ポジャンマチャ(韓国式屋台)で最近話題のお菓子に、ホットクがあります。
これもキムチチーズ入りとか甘くない味付けのものもあるのですけど、一番人気は何と言ってもシナモン味で、出来立てのアツアツを戴くのが最高です。
ただし、アツ過ぎてとても持っていられないほどですし、持ってるうちに油が染みてきて手がベトベトになるうえ、一口かじると中の黒砂糖がグツグツと溶岩のようにあふれ出てきて更にエラいことになりますが、そのワイルドさも韓国フードの醍醐味のうちです。
シナモン味の人気の秘訣は、黒砂糖だけだと甘ったるくてとても食べられたものじゃないのですがシナモンの香味が程よいアクセントになって食欲をそそりいくらでも食べられるよう工夫がなされているところにあって、要するに甘いものが食べたくてもお金がなくて食べられない人たちが、安価な食材で気軽に食べられるよう考えて作られた庶民の味なのです。
日本にも、庶民が食べるお菓子のひとつにたい焼きがあります。
よく日本のお菓子はまがいものが使われていて本物じゃないとかいわれたりしてますけど、たい焼きは鯛が食べたくても食べられない貧しい人が作ったお菓子ですから、正真正銘のまがいものです。
でも、たい焼きには夢があってロマンがあって食べると本物の鯛を食べる以上に幸せな気分になれる、そんな魔法のお菓子がたい焼きだったんじゃないのでしょうか。
たい焼きイリュージョン、たい焼きファンタジー、たい焼きには未来があって希望があって、日本がまだ貧しかったころ、日本人はたい焼きを食べて頑張ってきたんじゃあないのでしょうか。
その国の文化というものは、上流階級の洗練されたものを見てもあんまし意味はなく、むしろ社会の底辺で生きる人たちが毎日の過酷な労働と、それでも追い付かない貧しさの中で作り上げたものにこそ本当の価値があると思うのです。
今、韓流ブームですけど、ポジャンマチャで売られているアツアツでベトベトでドロドロなホットクには、デパートで売られている本物の食材を一流のパティシエが作り綺麗にパッケージされた贅沢なお菓子にはないアツいパワーがあって、韓流ブームに夢中になっている人たちは無意識のうちにそのパワーの源に触れようとしてるのでしょう。
そしてそのアツいパワーとは、日本が経済的な豊かさと引き換えに無くしてしまったものなのかもしれません。
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by sweetmitsuki | 2012-09-11 22:36 | 朝鮮の○○と日本の×× | Trackback | Comments(4)

朝鮮のトトリムッと日本のとちもち

e0078674_219993.jpg日本に稲作が伝播する前、縄文人は何を食べていたのかというと、ドングリなどの堅果類を食べていました。
縄文人は土器を使って、そのままでは渋みが強くて食べられないドングリを煮炊きして調理する術を知っていたので、後にユーラシア大陸から稲作が伝わっても、国土の森林をすべて切り拓いて農地にしたりはせず、豊潤な恵みをもたらし、津波などの災害から自分たちを守ってくれる森林には神様がいると信じ、むやみに立ち入らないようにしていました。
これが日本の文明と大陸の文明との違いなのですが、これらの生活習慣や信仰は別に日本に限ったものではなくオーストラリアのアボリジニはマカダミアナッツを主食とし、アメリカ大陸のネイティブはオークの実を主食としていて信仰も似たようなものでしたので、日本文明とは呼ばずに環太平洋文明と呼ぶのが正しいと思います。
その、文明の根幹をなすドングリ食が、今の日本では田舎の一部でトチの実から作られたとちもちが食べられている程度でドングリはまったく食べられなくなってしまったのは、本当に寂しい話です。
縄文人が食べていたドングリとは一体どんな味がしたのか気になったのでいろいろと調べていたら、お隣の国、韓国では今でもドングリが食べられていると知り、さっそく電車で15分の韓国、新大久保に行ってきました。
それにしても、ちょっと前まで決して女性が一人で歩いていけないといわれていた新大久保が、今ではK-popのメッカとして女性に大人気の街になるとは、本当に先のことは誰にも分からないものです。
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さすがは新大久保、品ぞろえが豊富(たぶん本物のソウルより豊富)で、すぐに見つかりました。
トトリムッという名前で売られています。
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ネットでレシピを調べて調理(といっても切って焼き肉のたれをかけただけですが)これは韓流で頂くよりも和風にくろみつときなこをかけて頂いたほうが美味しいんじゃないかと思い、そちらも試してみました。
味のほうはどうかというと、まぁ、未体験の味。敢えてコメントは控えさせていただきます(どんな味なのか知りたい人は新大久保に行きましょう)。
日本で、とち餅は田舎でしか食べられておらず、それは伝統的な郷土料理というよりは粗末な救荒食という扱いで、そんなものを食べてるのはむしろ恥ずかしいというニュアンスが感じられるのですが、そこが何でもかんでもウリナラマンセーしてしまう韓国と日本の違いなのかもしれません。
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by sweetmitsuki | 2012-09-02 22:30 | 朝鮮の○○と日本の×× | Trackback | Comments(2)

朝鮮の狗食と日本の鯨食

e0078674_21344591.jpg館山に行ったとき、名産の鯨料理を戴こうとも考えたのですが、場所が微妙にズレてるし、とにかく今日はのんびりしたかったのでキャンセルしてしまったのですが、帰りに東京駅でこの本を手にして、なんであの時地場産の鯨を食べなかったんだろうと後悔してしまいました。
「韓国人にはご用心!」(平井敏晴著・三五館刊)(アマゾンはコチラ
私は韓国が好きでも嫌いでもないのですが、それでも韓国が好きだという人の話には、この人は韓国のハチャメチャなところを見たことがないのか、あるいは見て見ぬふりをするのが礼儀だと思ってるのか、そんな風に聞いてましたし、韓国が嫌いだという人の話は、針小棒大に歪曲されたことを自分で確かめもしないで鵜呑みにしてるんだと思っていました。
ところがこの本を読んで、両者の言い分にはほとんど食い違いがないということがわかり、目から鱗です。
韓国が好きだという親韓派のいってることが全く理解できないという嫌韓派の人。
韓国が嫌いだという嫌韓派のいってることが全く理解できないという親韓派の人。
そんな人たちにこの本は明快な答えを提示してくれます。
この本がひと昔前(日本人がアメリカの真似をすれば幸せになれると信じていた時代)に刊行されていたならば、さほどの価値はなかったでしょう。
しかし、今や日本人はアメリカの真似をしても幸せになるどころか、逆に不幸になるだけだと思い知らされてしまっています。
e0078674_22243375.jpgでは共産圏の真似をすればいいのかといえばそんなことは言わずもがなですし、北欧の高福祉政策も、日本人が真似したいと思うものではありません。
そこで注目なのが、お隣の国、韓国。
間違いのないよういっておきますが、別に韓国を見習えとか真似をしろとかいってるのではありません。
韓国人はグローバルスタンダードなんて気にしませんし、そもそもそんなものがあることさえ知りません。
その象徴が狗食です。
韓国人は国際社会から狗食が野蛮だと勧告されてもお構いなしに狗食を続けています。
日本ではかつて食糧事情の乏しかった時代に鯨が重要なタンパク源として利用されてきました。
ところが、国際社会から鯨食が野蛮だと勧告された途端、あっさりと鯨食を放棄してしまいまいた。
鯨食はそれこそ縄文時代から続く日本の伝統的な食文化なのですから、もっと鯨食の重要性を訴えてもよかったんじゃないのでしょうか。
韓国が、嫌いで嫌いでしょうがないという人でも、この点だけはやっぱし韓国を見習い、真似しなければならないと思うのではないのでしょうか。

日本がドンドン負けていくのはナゼか?
どう見ても間抜けで、不器用で、どうしようもなく不合理!なのに、とてつもないものを生み出すのが韓国の奇妙奇天烈なところ。
似てるのは肌の色だけだった
新段階に入った、彼らとのつきあい方と克服法

この本を読まなければ、もしかしたら新世紀は生きていけないかも?
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by sweetmitsuki | 2012-08-26 22:34 | 朝鮮の○○と日本の×× | Trackback | Comments(4)

朝鮮のチャンスンと日本のおしらさま

e0078674_186229.jpg縄文人が何故、どのような理由があって土偶を作ったのかについては、実際のところ詳しくは分かっていないのだそうです。
イースター島のモアイや、アメリカ大陸のトーテムポール、朝鮮半島のチャンスンなどは、その大きさと風貌からして疫病や悪霊、外敵を威嚇し追い払う目的で作られた事は想像しやすいのですが、土偶はそのほとんどが手のひらサイズで、稀に出土する大きなものでも40センチぐらいなので、とても外敵を脅かす効果があったとは思えず、魔除けというよりはもっと別の効能があったのではないのでしょうか。
もっとも、大きければ良いのかというとそうでもなく、朝鮮半島では、民衆は守護神としてのチャンスンを信仰する反面、それが守護神の役割を果たしていないことをも充分承知していて、大きいだけで何の役にも立たないことを「チャンスンのよう」と揶揄し、その無能さをあざけっているようです。
チャンスンとは何かというと、集落の入口や道端に立てられた木像や石像で、村の守護神、境界標識、里程標などの役目を果たす民間信仰の一つです。
その恫喝、威圧的な形相の割には、どこかユーモラスでおどけたところのあるのが面白く、木柱はまっすぐなものよりくねったものが少なくなく、人面の造形の妙も千態万様で、アフリカか何処かのユニークな仮面を彷彿させます。
チャンスンには男女像がそれぞれあり、男チャンスンには天下大将軍、女チャンスンには地下女将軍の文字が刻まれています。
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日本でチャンスンに相当するものとして道祖神が挙げられますが、日本の道祖神はもっと小さくて可愛らしいのが普通です。
では土偶とは何なのかというと、おしらさまがそれに近いのではないのでしょうか。
おしらさまというのは、東北地方で今なお信仰されている座敷神で、30センチぐらいの木の棒を、おせんだくと呼ばれる布で包まれていて養蚕の神として祀られているのが普通ですが、地方によっては眼の神様だったり婦人病に霊験あらたかだったり猟師がその日の猟の方角を占うのに用いたりするそうです。
e0078674_1531960.jpg木枝の向きで吉凶を占うそうで「御報せ様」のことであるといいますが、粗末に扱うと祟るといわれていて、正月と春秋分の日にはおしら遊ばせという儀式を執り行わなければいけないなど、厄介な神さまでもあります。
祟るといえば、チャンスンも迂闊に触ると祟るといわれていて、古くなったチャンスンはそのまま自然に朽ちるまで放っておくそうです。
チャンスンもおしらさまも今では信仰する人はすっかり少なくなってしまいましたが、時代が変わり、「変な邪教を信じていて恥ずかしい」から「独自の精神文化を受け継いでいて誇らしい」と人の価値観も変化してきているので、観光地などでは今なお健在です。
大きなチャンスンと小さなおしらさま、一見まったく違うものに映りますが、自然に対する素朴な崇拝思想は、朝鮮人も日本人にも相通じるものがあるのではないのでしょうか。
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by sweetmitsuki | 2011-07-31 18:51 | 朝鮮の○○と日本の×× | Trackback | Comments(6)

日本のしめなわと朝鮮のクムチュル

e0078674_17114465.jpg縄文式土器に施されている縄文は単なる飾りではなく、何かマジカルな、呪術的な意味合いがあるのではないかと以前から考えていたのですが、朝鮮にはクムチュル(禁縄)といって、キムチやコチュジャンなどの発酵食品が良い味になるように、普通の縄とは反対に左綯いの縄を巻くという風俗が今もなお残っているそうです。
他にもクムチュルは城隍壇(ソナンダン・神を祀る石塔)の周りに巻いたり、赤ちゃんが生まれた家とか、あるいはお正月や祭りの日に門戸に張ったりする、日本でいうしめなわのようなものなのだそうです。
この際、どちらに起源があるだなんてそんなヤボな事は書くつもりはありません。
それに、しめなわとクムチュルは似てるようでかなり違います。
関係のない人が立ち入らないようにロープを張るなんて事は信仰とは関係なく実務的な事として普通にやってますしね。
クムチュルは朝鮮半島の中南部で見られる風習ですが、これは稲作と大きな関係があります。
というのも、日韓併合以前は朝鮮半島の中部以南の限られた地域でしか稲作栽培は行われていなかったのです。
お米というのはどこででも育つという訳ではなく、水が豊富にあって、しかもそれを人が自由にコントロール出来るという地形でなければ育ちません。
日本にしても、お米のご飯が普通に食べられるようになったのはつい最近の事で、それまでは一般の庶民は麦飯を主食にしていました。(考証・石神井ふるさと文化館
e0078674_17493680.jpg面白いのは、日本人は信仰の対象である縄を綯ってゲイジュツ的なものを作ってしまうというところ。
画像は世田谷の奥沢神社で、他にも大蛇やムカデを作って奉納するというお祭りは全国にあり、これらは大抵、江戸時代中期頃に始められたものですけど、それでもこんな奇っ怪なものを作ってしまうあたり、やっぱし日本人には縄文の血が色濃く受け継がれているのではないのでしょうか。
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by sweetmitsuki | 2010-09-25 18:06 | 朝鮮の○○と日本の×× | Trackback | Comments(4)