mitsukiのお気楽大作戦


手作り雑貨と原チャリ放浪と雑学で綴る、実践お気楽ライフ
by sweetmitsuki
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
最新のコメント
なるほど、、そう考えて聴..
by saheizi-inokori at 16:44
あんつぁん 今上陛下は..
by sweetmitsuki at 05:49
佐平次さま 明仁さんも..
by sweetmitsuki at 05:28
日本通の外国人に言わせる..
by antsuan at 01:00
土筆摘み 野蒜を引きて ..
by saheizi-inokori at 21:44
美智子さんの歌は素晴らし..
by saheizi-inokori at 21:36
佐平次さま 江戸時代の..
by sweetmitsuki at 05:00
わたしも東北の一揆につい..
by saheizi-inokori at 21:51
佐平次さま 桜は日本人..
by sweetmitsuki at 22:45
今読んでいる「火山島」に..
by saheizi-inokori at 21:38
カテゴリ
フォロー中のブログ
最新のトラックバック
なぜ世界は西欧ルールに支..
from 梟通信~ホンの戯言
[大正世代の矜持]  大..
from あんつぁんの風の吹くまま
凄い! ウイリアム・カム..
from 梟通信~ホンの戯言
開戦記念日を振り返って
from あんつぁんの風の吹くまま
孫が来た
from 梟通信~ホンの戯言
8月15日は大漁だった!..
from 好都合な虚構
ある年の8月     
from 好都合な虚構
にがい歴史も知らなくちゃ..
from 梟通信~ホンの戯言
今日から一年後の今を想像する
from 帆を広げ、風は舞い込む
NHKトップランナー  ..
from 鑑 賞 記 録
ライフログ
検索
タグ
以前の記事
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

<   2008年 04月 ( 6 )   > この月の画像一覧


妖怪のうた

e0078674_1752826.jpgラフカディオ・ハーンが日本で書き継いでいった代表的な怪談と奇談を集めた「新編 日本の怪談」(池田雅之編訳 角川ソフィア文庫刊)を読んだのですが、物語もさることながら最終章でハーンが、19世紀の日本の歌人が詠んだ妖怪狂歌を海外に紹介するために英語で書いた文章を和訳しなおしたエッセイが最高でした。
欲を言えば五七五七七の三一文字という形式の定まった狂歌を、ハーンがどう英訳したのか原文も読みたかったのですが、実を言うと英語はほとんど読めないので、それはまぁいいです。
ハーンが海外に、どんな妖怪狂歌を紹介しているのか少しピックアップしてみます。
まずはハーンらしく平家蟹

味方みな 押しつぶされし 平家蟹 遺恨を胸に はさみ持ちけり

蟹が胸に「鋏」を持ってるというのと、平家の怨霊が胸(心の中)に遺恨を「挟んで」いるのとを洒落てるのにハーンは感嘆しています。
続いて、ろくろ首

つかの間に 梁を伝はる ろくろ首 けたけた笑ふ 顔の怖さよ

つかの間とは、素早くという意味ですが、天井の束柱の間とも取れます。
けたけたも、妖怪の笑い声という意味以外に、桁から桁へというようにも捉える事が出来、ちょっと深読みし過ぎな気がしますがろくろ首が長い首振り回しながら屋敷中を縦横無尽に暴れ回っている臨場感がよく表れているとハーンは感じたのでしょう。
怖い歌が続いたので、愉快な歌で終わりにしましょう。
牡丹灯篭

剥がさんと 六字の札を 幽霊も なんまいだと 数えてぞみる

これはもう、説明は不要でしょう。幽霊をネタにして、笑いを取ろうとするセンスに脱帽です。
e0078674_1728137.jpgさて、ハーン的な不思議世界というのは、現代では全く消え失せてしまったかのように見えてその実、街を歩いているとけっこうその辺に転がっているものです。
うちの近くには首継ぎ地蔵というお地蔵さまが祀られているのですが、これなんかはその一例といえましょう。
関東大震災の頃、高名な画家とその知人が、地蔵の首が落ちる同じ夢を見、もともと別々だった地蔵に 画家が大切に保管していた地蔵の首を合わせたところ不思議にもぴったりと 一致したというのがこのお地蔵様の名前のいわれです。
時に昭和の大恐慌にあたり、話を聞いた大勢の人が「クビがつながる」と 言って訪れたそうです。
日本のお化けはまだ滅んではいないのです。
[PR]

by sweetmitsuki | 2008-04-29 17:23 | おどろけー | Trackback | Comments(13)

飴を買う女

e0078674_2115569.jpg「ゲゲゲの鬼太郎」というキャラは原作者の水木しげる氏のオリジナルではなく、別の作家の紙芝居劇を継承したもので、その紙芝居もラフカディオ・ハーンの「飴を買う女」を脚色したものなんだそうです。

昔、飴屋に真っ青な顔をした女が尋ねてきて、飴を1文分買っていった。翌晩も、翌晩も1文分づつ買っていく。ところが女が本物のお金を払ったのは最初の6日間だけで、7日目の夜からは女が渡した一文銭はいつの間にか樒の葉っぱに変わってしまっていた。
不審に思った主人が女の後をつけると、女は寺の山門をくぐり、本堂裏の新しい墓に消えた。
翌日、その墓を掘り起こすと、墓の中には、女の死体の横で元気そうな赤ちゃんが生きていた。(飴を買う女より抜粋)


この赤ん坊が鬼太郎という設定で、鬼太郎にお母さんがいないのはそういう理由からです。
e0078674_2139170.jpgこの伝承は、日本各地にあって(落語のネタにもなっています)、母親が六道銭(三途の川の渡し賃として棺に納めるお金)を使い果たしてしまった後のエピソードには様々なバリエーションがあり、ラフカディオ・ハーンの著作とはちょっと違うのですが、神仏にも人情にも頼らず幽霊になって化けて出て来るアクティブさが好きなので敢えて妖術を使った話を選択しました。
さて、京都には幽霊に飴を売ったという飴屋が今なお営業中なんだそうです。
東京では新宿伊勢丹で、税込み525円で売っています。
新宿に来たついでに、大久保にある小泉八雲記念公園(詳しくはコチラ)に立ち寄ってみました。
[PR]

by sweetmitsuki | 2008-04-25 21:13 | おどろけー | Trackback | Comments(4)

みんなで歌おうゲゲゲのゲ

最近、毎週欠かさず見ているのが、日曜の朝9時からフジで放映しているアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」。
製作40周年という事もあって、親子で、場合によってはお爺ちゃんお婆ちゃんも一緒になって見ているような家庭を対象にしているらしく、朝の家族団欒を盛り上げるようなストーリー展開になっていて、鬼太郎の孝行息子っぷりが泣かせます。
目玉おやじも、力はないけど知恵と勇気で鬼太郎をサポートしていて、頼もしいお父さんっぷりがナイスです。
けれどもこのドラマの最大のファクターは、なんといってもねずみ男でしょう。
本当にどうしようもない男で、全てにおいてだらしがなく、嘘つきで、ただでさえトラブルメーカーなのに、欲に目が眩んで自ら火中の栗に手を伸ばし、鬼太郎を窮地に追い込んだり、裏切ったりするなんてのも日常茶飯事です。
それなのに鬼太郎は
「いいよ。許してやるよ。」
「それより腹が減ったな。朝飯でも食おうか。」
などと優しい言葉が自然と口から出てくるから立派ですね。
私も、他人に対してどうしても優しくなれない時には「鬼太郎を見習わなきゃ」と、お手本にする事にしています。
毎週変わる猫娘のファッションにも注目。
e0078674_21185517.jpg

おまけ

マイリアルワーク

1.6ミリの鋼板を溶接して作りました。
高さは1.8メートル、幅は82センチ、厚みは4センチです。
[PR]

by sweetmitsuki | 2008-04-22 21:24 | おどろけー | Trackback | Comments(5)

そうさ神様が笑っているよ

e0078674_12263084.jpg東京・代々木の環六沿いにある代々木八幡宮の境内には、昭和25年に発掘された縄文時代の竪穴住居跡が復元され屋外展示してあります。
代々木八幡宮に限らず、創建のわからないほど古い神社は縄文時代の遺跡の上に建っているのが普通です。
科学というものがまだなかった頃、泉のほとりに住んでいた古代人たちは、泉の周りの木を伐ってしまうと水が枯れてしまう事を経験から知っていて、森を守るために様々なタブーを作り出したのが神道の始まりではないかと私は考えているのですが如何でしょうか。
一方ヨーロッパでは、今からおよそ2000年前に作られたトレビの泉が天然の湧水ではなく、20キロほど離れた郊外から水道を引いて来ているように(詳しくはコチラ)、早い時代に水を征服しているため、このような信仰は芽生えなかったのでしょう。
ちなみに日本でも、江戸時代になって水道が整備されると、それまで畏れられ生贄を捧げられていた水神たちの中には、退治され人里から追放され妖怪に零落してしまうものが現れます。
e0078674_13214890.jpgさて、律令時代になって中国から入って来た陰陽道とごっちゃになっているのでややこしいのですが、神道は日本に古来からある宗教です。
ただ、古すぎていつ、だれが始めたものなのかはわかっていません。
外国から新しい宗教や文化がもたらされたとしても古い宗教が民衆の心から完全に消え去ってしまうという事はなく、過去に厳しい宗教統制が敷かれたヨーロッパでも、例えば「赤ちゃんはコウノトリが運んで来る」という言い伝えが残ってます(詳しくはコチラ)し、クリスマスにしても、もともとはイエス・キリストの誕生日を祝うお祭りではなく太陽神の誕生(冬至)を祝う行事で、もみの木を飾るのも、聖書にそうするよう示唆されているからではなく、冬でも緑を保つもみの木は永遠の生命を象徴しているからで、要するに日本人がお正月に門松を飾るのと理由は一緒です。
とはいえ、原始時代から連綿と続く古い宗教が体系化されて残っているのは、やはり日本だけではないのでしょうか。
e0078674_13391452.jpg

今日のランチはラーメンでした。
環六沿いとはいっても激戦地から少し外れているせいか、可もなく不可もない普通のラーメンでしたが、その普通さが美味しかったです。
箸休めにお新香が付いていたのですが、これが実によくラーメンに合いました。
[PR]

by sweetmitsuki | 2008-04-20 12:43 | 古代史でポン | Trackback | Comments(2)

半円のテーブル

e0078674_8341291.jpg暫しっも休まっず鎚打つ響ぃき♪
飛っび散る火っ花に走る湯ぅ玉♪
♪♪♪
てな訳で半円のテーブルを作ってみました。
高さが12.5センチ、幅は13センチ、この位の大きさがいちばん作りやすくて置き場所にも苦労しません。
猫脚のテーブルは天板が四角いとアジアン風ですが、半円だとヨーロッパ風になりますね。単なる私の思い込みかも知れませんが。
最近になってようやっと気が付いたのですが、ものを作るのに大事なのは目が効くとか手先が器用だとか、そういうのは二の次だという事。
例えばの話、お人形を座らせるだけなら、箱馬で充分なのですから、別に椅子の形をしていなくてもいいのです。
ところが、ミニチュアがミニチュアであるためには、お人形が席を外した後でも、ミニチュアの椅子は椅子でなくてはいけません。
ですから仮に、木の切り株をお人形の椅子にするのなら、誰がどう見ても木の切り株が無造作に置かれてるのではなくてお人形の椅子がそこにあるのだとわからせるために、物語や世界観が必要になってきます。
e0078674_92944100.jpgもっとわかりやすく言えばセンスです。
センスのある人なら、その辺の薪雑杷を味わいのあるインテリアに変える事が出来るのですが、センスがなければどんなに精巧なものを作っても「ああ、本物そっくしですね。」で終わってしまいます。
別に、作品で誰にも真似が出来ないだとか、右に出る者がいないだとか、そんな大それたものを目指してる訳じゃあないのですが、何というか、自分なりの世界っていうか味っていうか、そういうのが出せないかなって、そんな事を考えるようになってきました。
どうすれば出せるようになるのか、見当もつかないのですけど。
(ちなみにこのテーブル、見ての通り引き出しが付いています。)
[PR]

by sweetmitsuki | 2008-04-13 08:55 | ハンドメイド大好き | Trackback | Comments(6)

ヤマトタケル伝説(秩父編)

e0078674_19141685.jpg奥秩父にある三峯神社に行って来ました。
秩父地方にはヤマトタケルにまつわるこんな伝説があります。
タケルが秩父嶽に登り国の祈願をしたところ、老人が現われて「穀種を戈の先に取りつけ北の方に投げ給うべし。我その落ちる所に稔り栄えんことを守るべし」と言った。その落ちた所に種がまき散り穀物が豊かに実った。タケルはこの地を蒔田と名づけた。
九州や出雲では、勇猛果敢な活劇を演じるヤマトタケルですが、東へ行けば行くほど武勇伝は少なくなり、農業指導をしたという話に取って代わられます。
さて、水稲農業は朝鮮半島から日本に伝播したという説が有力ですが、私は長い間これを眉唾だと思っていました。
というのも、稲は東南アジア原産の亜熱帯性の植物なので日本より気候の涼しい朝鮮から伝わったというのは、どう考えても不自然だからです。
ところが、寒冷地でも育つ稲の品種改良を行うのは、実はそれほど難しい事ではないらしいのです。
稲というのは自然のものですから、同じ日に同じ場所に植えても成長の遅いものと早いものがあります。
いち早く実を結ぶ種は、縁起がいいので神前に供えられて大切に保管され、翌年にはいちばんいい田圃に植えられます。
こういう事を100年くらい続けていくと、終には普通の稲より2倍くらい成長の早い、スーパー稲が誕生します。
成長が早いという事は、夏の短い地方でも育つという事で、つまりは朝鮮半島から稲が伝播されたとしても、何の不思議もないという事になります。
ところが、最近になって九州地方で出土する曽畑式土器と呼ばれる縄文土器と、朝鮮半島から出土する櫛目文土器は、実は同じものだという事がわかり(詳しくはコチラ)つまりは、大和だとか新羅だとか百済といった権力が生まれる前までは同じ文化を共有していたらしいのです。
考えてみれば、鏃の原料となる黒曜石を求めて、伊豆諸島にまで船を出せる縄文人が、玄界灘を往復出来ない筈がありませんね。
e0078674_19532668.jpg今回いちばん驚いたのは、三峯神社の境内には温泉が湧いていて、拝殿と屋根続きになっている浴場には500円の入泉料さえ払えば誰でも入れるという事。
泉質はナトリウム―塩化温泉。効能は神経痛、慢性消化器病、慢性婦人病、、疲労回復など。
神の湯にゆったり浸かって足を伸ばし、身も心も清らかになったのでした。
[PR]

by sweetmitsuki | 2008-04-05 19:11 | 古代史でポン | Trackback | Comments(5)