mitsukiのお気楽大作戦


手作り雑貨と原チャリ放浪と雑学で綴る、実践お気楽ライフ
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シュリンプ パラダイス

(前回までのあらすじ)

e0078674_1955699.jpg魚を飼うのに必要なものといえば、まずは水槽、そして魚の餌、あとは魚がエラ呼吸出来るように水中に酸素を送るためのポンプ、それから排泄物を除去するための濾過装置、そんなところでしょうか。
最近では、おしゃれな舶来語でアクアリウムなんていいますね。
そして、水耕栽培で野菜を育てるために必要なものといえば、水槽、液体肥料、根に酸素を供給するためのポンプ。
だいたい魚の飼育と同じものがあればOKで、こちらは舶来語で、ハイドロポニックスなんていいます。
この二つを併合させ、魚の畜養と野菜の栽培が同時に出来るようにしたものをアクアポニックスといい、私がこの春から取り組んでいる、このブログのメインコンテンツのひとつであります。
e0078674_20101979.jpgさて、日本には今上天皇が皇太子だった頃、日本国民の食生活の貧しさを不憫に思いアメリカから取り寄せた、ブルーギルという大変ありがたい淡水魚がいて、嬉しい事に私の住まいの近くの池にもこの魚は棲んでいて、網ですくえば簡単に獲る事が出来ます。
せっかくですから、水槽で太らせ、食べてしまおうと思ったのがまず間違いのもと。
ブルーギルは雑食なので、せっかく伸びた野菜の根を食べてしまうのです。
これでは、ブルーギルを飼うために野菜を植えてるのか、野菜を育てるためにブルーギルを畜養しているのか分かりません。
そこで、水耕栽培と魚の畜養を別水槽で行い、魚の排泄物の混ざった水だけ液体肥料の代わりに使う事にしました。
この方法は野菜の収穫には大成功だったのですが、ブルーギルという魚は大変ないじめっ子で、鉢や根っ子が障害物になっていた頃はそうでもなかったのですが、フラットな水槽では気に入らない魚をいじめ殺してしまうのです。


ですから、ブルーギルの飼育はあきらめ、元いた池に放してやりました。
e0078674_18534118.jpg今はエビを飼っています。
淡水性のエビの飼い方についてほとんどの本やネットでは、エビは鮭と同じく海まで下って卵を産み、稚エビが再び遡上して元の生息地に戻るので、水槽内での繁殖は一部の例外を除いて不可能であると書かれていますが、近くの公園の水はどう考えても海に繋がってないので、その一部の例外なのでしょう。
今のところ、順調に繁殖しているようです(画像のエビは抱卵している雌)。
エビ図鑑とか読んだんですけど、どう見てもどのエビも同じにしか見えないんですよ。
それで、その一部の例外の代表が、レッドビーシュリンプという錦鯉のような赤と白の斑模様が美しいエビで、小さな水槽でも飼えるお手軽さが日本の住宅事情にぴったしで、今、一部のマニアたちの間では人気が高く、私も飼いたいと思っているのですが、値段がかなりお高めなので躊躇しています。
春までこのエビが死ぬ事なく元気に生き続けられたらですね、購入は。

※投稿に誤りがありましたので修正しました。
淡水エビの世界は私もよく分かってません。
飼いたい人は専門家から詳しい飼い方を教わるのが賢明でしょう。

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by sweetmitsuki | 2009-09-29 20:23 | ハンドメイド大好き | Trackback | Comments(4)

サザエさんと仮面ライダーと鉄腕アトム

e0078674_20464385.jpgハイドロポニックスにミツバの切れっぱしをセットしておよそ2週間、ちゃんとミツバの葉は開いてくれました。
考えてみればこのミツバは元々水耕栽培で育ったものなのですから当然といえば当然なのですが、こんなにうまく育ったのは、空芯菜以来の快挙です。
もっとも、その空芯菜は寿命が尽きたのか、気候が涼しくなって成長を止めてしまったのか、もう葉を伸ばさなくなってしまいましたけど。
穏やかな秋は本当に短く、もう冬が足元まで迫っています。
突然ですが、時の経つは早いもので、クレヨンしんちゃんの原作者の臼井儀人さんがお亡くなりになってからもう1週間が経ちますね。
当初は、自殺説他殺説等挙げられましたが、真相は不慮の事故のようで、事件性はないみたいです。
一人旅が趣味の私としては本当に他人事ではなく、心よりご冥福をお祈りするしかありません。
私はいわゆるクレヨンしんちゃん世代ではないのですが、クレヨンしんちゃんがどんな話かは知っています。
一言で言えば、どこかの待合室等に置いてあると順番を待つまでの間、退屈しなくて済むので、あれば必ず読んでいたという、その程度のマンガです。
何であんなに人気が出たのか、そして教育委員会のエラいさん達が子供に見せたくないマンガワースト1に選ぶほど目くじらを立てたのか、はっきしいってよく分かりません。
ですから、友人に『映画クレヨンしんちゃん 大人帝国の逆襲』という作品は素晴らしいから是非見るようにと勧められた時も、適当に相槌を打っただけで見ませんでした。
今回このような出来事があったので、追悼の意味も込めてDVDを借りて観たのですが、ご都合主義のオンパレードで、TVアニメの劇場版なんてこんなもんでしょう、という程度の出来栄えなのは否めないものの、しんちゃんのお父さんが、謎の秘密結社によって子供に姿を変えられてしまった時、しんちゃんが野原家の最終兵器(?)でお父さんを覚醒させるシーンでは、思わずホロリときてしまいました。
私はどちらかというと、1999年の終末思想に毒されていたクチなので、21世紀も10年近く経った現代が、かつて人びとが憧れていた夢のような時代の到来だとは思っていません。
そして20世紀が醸していたいい匂いも、懐かしい子供の頃の思い出として、今も鮮明に頭の中に焼き付いています。
確かに21世紀は汚くて臭いかも知れません。
でもそれは、世のお父さんが家族のために、満員電車に揺られ、得意先回りで靴底を擦り減らし、仕事のストレスで嫌な汗をかいて培われた臭いです。
ノスタルジーに過ぎない昭和の匂いが敵う臭いではないのです。
私たちが生きていくのは、今の、この時代しかないのですから。
思えばサザエさんも仮面ライダーも鉄腕アトムも、原作者の死によって「このキャラはこうでなければならない」という束縛から解放され、キャラ本人が生命を得たかのような存在になりました。
おそらくはしんちゃんも、そのように活躍を続けていくのでしょう。
e0078674_221632.jpgさて、そうこうしているうちに味噌汁が煮えてしまいました。
インスタントの味噌汁でも、ミツバをホンの2~3枚散らすだけで、グンと風味が良くなります。
今回、インスタントの味噌汁をそのまま使うつもりだったのですが、それだとさすがにビジュアル的に脆弱なのでナメコをトッピングしてみました。
そうなると賽の目に切った豆腐も欲しくなり、結局インスタントなんかに頼らず、全部自分で作れば良かったと嘆いてみても、 後悔 先に立たずなのでした。
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by sweetmitsuki | 2009-09-28 22:16 | ハンドメイド大好き | Trackback | Comments(4)

かっぱ橋妖精Cooking

e0078674_12342259.jpg先日かっぱ橋を訪れた際、自分用のお土産として買い求めたのが、この鋳鉄製の鍋。
私が想像するに、これは調理器具というより、観光客用の土産品でしょう。
なにしろ本物の鋳鉄製の鍋(ダッチオーブンも含む)は、買うのに躊躇する程値が張り、たとえ思い切って買ったとしても、その後の観光に支障をきたすぐらい重たいから(宅配便を使うという手もありますが)そう簡単に手に入るものではありません。
その点、これは値段が1000円、直径が8.5センチとリーズナブルですし、デザインが和風の土鍋の形をしているのも、外国人観光客を意識しているのでしょうね。
もっとも、これはかっぱ橋土産ではなく、南部鉄器で有名な盛岡の土産品だという説もありますけど。
商品には「鋳鉄製にんにく焼」と書かれていて、確かにニンニクのホイル焼きはあのホクホク感がたまらなく美味しいのですが、それでお腹いっぱいになるまで食べたいと思える料理でもないので、このサイズはまさに最適といえるのですが、別にこれがなくても、アルミホイルと普通のフライパンがあれば作れるので、やはりどうしても必要な品とはいえません。
キッチンのインテリアとして飾っておくのには充分おしゃれなアイテムだとは思うのですが、やはりここは調理にチャレンジしてみましょう。
にんにく焼は芸がないので止めといて、美味しいけどそんなにたくさん食べるものじゃないものという事で、茶碗蒸しを考えてみたのですが、(外側が卵焼きで中は茶わん蒸しという、ひと品で二度美味しいというアイディア)難ししそうなのでパス。
まあ、今度時間があればやってみます。
e0078674_13351672.jpg今回は無難に、プチトマトのチーズ詰めジェノバソースがけにしてみました。
これもスキレット一面に敷き詰めると壮観なのですが、そんな面倒な事はしたくないというずぼらな人(私?)には雰囲気だけでも味わえればそれでいいでしょう。
いかに小さいとはいえ、最初にシーズニングをしてくず野菜を炒めるのが基本。
それから後は普通に(小さいから金網を敷いた方が安定します)火にかければOK
その他にも鶏の手羽中のグリルなど、本物のダッチオーブンがあれば丸焼きが食べられるのになぁ、と、想像しながら味わうのも乙なものです。
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by sweetmitsuki | 2009-09-27 13:35 | ぬくぬく引きこもり記 | Trackback | Comments(4)

これはあの世の事ならず

前々回のブログ内容に誤りがあったので謹んでお詫びすると共に訂正致します。

辻神という、道辻で他愛のない会話をする見知らぬ人の口を借りて、何か重要な言葉を投げかけてくれる神様がいるのだそうです

e0078674_13222373.jpg確かに、辻占といって、偶然そこを通った人々の言葉を、神の託宣と考える占術は古くから日本にあり、万葉集などの古典にも登場するのですが、これには細かい儀式があって誰の言葉でも良いという訳ではないそうです。
でも、考えが煮詰まって頭ギチギチになってる時に偶然耳に入ってきた見知らぬ人の言葉から解決の糸口が見つかったという話は、私自身の体験談だけではなく、有名な発明家の伝記にもしばしば登場するので、あながち莫迦にしたものではないのではないのでしょうか。
それから、辻神というのは悪霊、邪鬼の類でいわゆる善神ではなく、辻占とも関係がないそうです。
辻というのは交差点の事で、交差点で事故が起こりやすいのは科学が発達した現代でもあまり変わりはありません。
それらの災いは辻神の仕業と考えられ、昔の人は辻神を退治してくれる、塞の神様を崇拝しておりました。
路傍のお地蔵さまもそのひとりで、確かに四つ辻の角に人間の姿をした影が見えれば道往く人の注意を促す事になり、その結果事故は減るでしょうから、これも決して非科学的な迷信ではないのでしょう。
さて、お地蔵さまにまつわる不思議なお話が、東京・板橋区の西光寺にあります。

e0078674_13211579.jpg昔、大谷口村に心優しいお百姓がいました。明日は村挙げての田植えの日で畔代づくりに一生懸命励みましたが半分も出来ませんでした。困っていると、どこからか若いお坊さんきて「代かきが出来なくてお困りのようですね」と優しく声をかけて去って行きました。一夜あけ、田んぼに来てみると、すでに田植えは終わっていました。そして田んぼの泥が点々と草原に消えていました。跡をたどるとお堂があり石地蔵がお立ちになっていて、腰から下は泥だらけでした。お百姓はお地蔵さんが代がきをつくり田植えをしてくださったと涙ながらにお礼を申し上げました。大谷口村の人々はその後、このお地蔵様を『代かき地蔵尊』とあがめて、あつくお祭りをしました。

板橋区立郷土資料館 より。尚、画像のしろかき地蔵は同博物館のレプリカです。本物は上の画像のお堂の中にあり、格子が邪魔でうまく撮れませんでした。
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by sweetmitsuki | 2009-09-23 13:05 | おどろけー | Trackback | Comments(2)

カッパのメロンパン

父が趣味で、と、いうより病後のリハビリに趣味を持った方が良いと医者から勧められ、パンを作っています。
それでメロンパンの格子模様をつけるのに使う押し型を作ってくれと頼まれまして、「そんなもん、竹串でやればいいじゃん。」と思ったのですが頼まれた以上断れず、だからといって買った方が遥かに安いものをわざわざ作る程、酔狂ではないので、今度の連休に調理道具なら何でも揃っているので有名なかっぱ橋道具街へ物見遊山がてら行こうと思っていたのですが、今日たまたま仕事の関係で近くを通ったので寄り道してきました。
e0078674_20382189.jpgかっぱ橋とは面白い名前ですが、今から約180年前の文化年間、合羽川太郎(本名合羽屋喜八)は、この辺りの水はけが悪く少しの雨ですぐ洪水になってしまうのを見かね、私財を投げ出して掘割工事を始めました。なかなか捗らない工事の様子を見ていた隅田川の河童達は、川太郎の善行に感動して夜な夜な工事を手伝ったという故事に由来し、当時その堀割は新堀川と呼ばれ、かっぱ橋という橋も今の合羽橋交差点のあたりにあったそうです。
もちろん、今となっては見る影もありませんけど。
この話を聞いて、私は何か政治的なにおいを感じてしまいました。
道路工事といえば、さまざまな利権が絡んで、どうでもいい工事はどんどん進められるのに、本当に必要な事業となると、遅々として進まないのは、多分今も昔も変わらないのでしょう。
それに業を煮やした合羽川太郎は、私財を投じて掘割工事を始めるのですが、面白くないのは、公共事業に格好つけて甘い汁を吸うつもりでいた役人たちです。
恐らくは、ありとあらゆる手段を講じて横槍を入れてきたに違いありません。
例えばやくざ者を使って脅しをかけてくるとか。
e0078674_2041740.jpgそんな合羽川太郎に町の人びとは同情しますが、相手がお上では、逆らったらこっちの身まで危うくなります。
そこで一計を案じ、髷を梳いてカッパに扮し、夜霧に紛れて人目を忍んでは、工事を手伝ったのではないのでしょうか。
信心深い昔の人の事です。
妖怪とはいえカッパは水神の眷属、下手に手を出せばどんな崇りがあるだろうと、役人もやくざも手が出せなかったのでしょう。
こうして堀割は完成し、歯噛みして悔しがる役人を尻目に
「どんなもんでぇ!真っ当な事をしていりゃ、たとえお天道様が沈んでも、水神様がお力を貸して下さるってぇもんよ!」
と、啖呵を切って見せる合羽川太郎の姿が目に浮かんでくるようです。
もちろん、これは私の単なる妄想で、史実はどうなのかは分かりませんけど。

さて、これがそのメロンパンの格子模様を簡単につける押し型です。
さすが道具なら何でも揃うかっぱ橋、すぐに見つかりました。
仕事の途中だったので、他の店をじっくり見て回れなかったのが、残念。
正式名称はラティッシュカッターというそうです。
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by sweetmitsuki | 2009-09-18 19:50 | おどろけー | Trackback | Comments(2)

ハイドロポニックス・コンパクト2

e0078674_1863875.jpgネギの切れっぱしをコンパクト水槽に入れてからおよそ二十日、ようやく収穫の日がやって来ました。
ネギの切れっぱしは、庭のある人なら地面に直接、ない人でも小さな花瓶に挿しておけばやがて芽が伸びてくるのですが、花瓶の場合、毎日水を換えなくてはいけないのに比べ、こちらは一度セットすれば後は何もしなくても育ってくれます。
まぁ、たったそれだけの手間を惜しむために、これだけ仰々しいものを作ってしまうというのもアレなんですけども。
まずはこれで味噌汁を作ってみようと思います。
さて、それはさておき今現在私の頭の中にはブログ仲間の佐平次さんの9月14日の記事が焼き付いて離れてくれません。
私は特定の宗教を信じてはいないのですが、不思議な現象には興味のある方で、中でも妖怪変化の類の話は大好きです。
その中に、辻神という、道辻で他愛のない会話をする見知らぬ人の口を借りて、何か重要な言葉を投げかけてくれる神様がいるのだそうです。(ここから先の話はその記事を読まないとわからないのでまずはコチラを読んで下さい)
e0078674_1955588.jpg記事中に登場する、黒のジャケットの女性と白いブラウスの子の会話の中に、何かメッセージが隠されているのだとしたら、それはいったい何なのでしょう。
しばらく考えてみたのですが、どうにもピンと来ません。
そこで、私が直接聞いた話ではないので、剣道部の先輩後輩ではなくロックバンドのメンバーという風に勝手に設定を変えて会話をさせてみました。

ロックでしょう。ピアノなら教室を開くとかいろいろあるけど、ロックはこのまんまやってても先がみえないじゃない。

それで怪我してェ、入院、そこで会ったのよね。

半年で結婚することに決めた。会ったときにそうなるって分かっちゃった。だって中学や高校生じゃないんだから分かるよね。みんなからは結婚に逃げたって言われたけど。でも、姑との付き合いとか、生まれてくる赤ちゃんの事とか、女でしょう、先の見通しを考えなくっちゃ。

(佐平次さま、勝手に記事引用ゴメンナサイ)

e0078674_194592.jpgなんか、分かったような分からないままのような気分のままですが、そうこうしているうちに味噌汁が煮えてしまいました。
さっと湯を通すだけで良いので、煮過ぎは禁物です。
芽ネギ(しかも穫れたて)は、いわゆるねぎ汁が多く、ジュワッとした食感が楽しめるので、薬味として使うより、ヌタとか、ネギそのものを味わうのに丁度良いのではないかと思います。
もちろん、味噌汁にしても美味しかったですけど。
それでも、ネギだけでは寂しいので、ミツバとシイタケも加えてみました。
そういう訳で、今度はミツバの切れっぱしを栽培する事にします。
シイタケも、ビンに入ってる栽培セットが売られてるので、今度見かけたら買ってみようか、なんて考えてしまいました。
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by sweetmitsuki | 2009-09-16 18:31 | ハンドメイド大好き | Trackback | Comments(6)

数学的妖怪譚

高校生の時、数学の授業で二乗するとマイナスになる数、虚数というのを習いました。
ブログに書くので、うろ覚えではマズいと思い、調べてみたのですが、高校の頃、数学の成績は決して悪い方ではなかった筈なのに、今になって読み返してみても何が何だかさっぱし分かりません。
と、いう訳でうろ覚えのままでいきます。
確か何かの方程式を解くための記号だったと思います。
二乗するとマイナスになる数なんて、この世に存在しないのですが、その、何かの方程式を解くためにある筈のないものを「ある」という事にしとかないと計算が出来なくなるので無理矢理作ったのだそうです。
e0078674_1828365.jpgつまりそれはこういう事でしょうか。
いつの時代でも、子供は川で遊ぶのが大好きで、親としては、子供が川で溺れたり、不慮の事故に遭ったりしないか心配でたまりません。
ところが子供に「フリョノジコ」とかいっても分かりませんから、「カッパ」という、いる筈のないものを「いる」という事にして注意を促すのです。(もっとも、最近の川にはカミツキガメとかアリゲーターガーとかガチでヤバいものが棲んでたりするそうですけど)
眼に見えるものだけが真実ではなく、ある筈のないものでも「ある」とされているものには、それなりの意味があるって事なのかも知れません。
もちろん文部省は、そんな事を高校生に分からせるために数学の授業で虚数を教えている訳ではないのでしょう。
しかし、大工仕事に使う釘を糠に入れておくと漬物が色よく美味しくなるように、本来の用途以外の目的で使っても便利なもので世の中は溢れています。
だいたい、虚数が何の問題を解くのに必要なのか忘れてしまい、調べても分からなかった事を後悔する日などこの先訪れないでしょうから、そういう風に捉えておいた方が得ってモンです。
e0078674_18271922.jpg夏なので何か怪談めいた話を考えていたのですが、私、霊感とかそういうの全然ないみたいで、不思議な体験とか、一度もした事ないんですよ。
しかし、高校の授業でさえ、ある筈のないものをあると教えているのですから、これから先の人生、ある筈のないようなものに遭遇する日がやって来るのかも知れません。

それから、「糠に釘」ということわざは、やっても無駄であるという意味で、本来の用途以外の目的で使っても便利なものという意味ではありません。
そんな事、誰も間違ったりはしないと思いますが念のため。
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by sweetmitsuki | 2009-09-06 18:30 | おどろけー | Trackback | Comments(8)

隠れキリシタンの里

先日8月15日、終戦の日に世田谷特攻平和観音に出掛けまして、観音堂の中にマリア観音なるものが収められているのを拝観致しました。
何でこんな所にこんなものが、と、思ったのですが、そこには他にも清の皇帝から送られたという狛犬とか、運慶の孫の康円の作といわれる不動明王と八大童子(残念ながら閲覧できません)とか、かつては伊勢長島の興昭寺の本尊だった聖観世音菩薩とか、二条城から移築された金閣寺を模して造られた建物があるやらで、別に何があっても可変しい雰囲気ではなかったのであまり深くは考えなかったのですが

マリア観音
制作年代不明
隠れキリシタンが拝んでいたものです。
子供を亡くした母親の気持ちを理解し、癒してくれます。


e0078674_2057643.jpgと書いてあったのを見て、これは隠れキリシタンとかじゃなくて、単に子供を亡くした母親が供養のために建てたんではと勘繰ってしまいました。
と、いうのも、外国の仏像には見られないそうですが、日本には子供を抱いた観音像などいくらでも見られるからです。(画像は中野、明治寺の百観音の内の一体で子育観音)
それにそもそも、キリスト教の信仰が御法度だった江戸時代、どれくらいの隠れキリシタンがいて、奉行所はどのように取り締まっていたのでしょうか。
気になって調べてみたのですが、結果の方から先にいうと、詳しい事は分かりませんでした。
ただ、学校ではキリスト教の平等思想が幕府の封建的な考えと一致しないためにキリスト教は禁教になったと習ったような気がするのですが、どうもそれは違うようなのです。
ひとつに、徳川に再び刃向かいそうな大名にキリシタンが多かったため、一族皆殺しにしてしまう口実としてキリスト教を利用したとする説。
これは、史料の面でいまいち不明瞭なのですが、家康は梵鐘の文字を言掛かりに戦争をしてしまう策士ですから、もっともらしい話ではあります。
もうひとつは、江戸時代に禁教だった宗教はもうひとつあって、不受不施派という坊さんたちがそれでした。
e0078674_21484055.jpg坊さんは仏に使えるのが仕事ですからお金を稼いでいる時間がありません。
ですから人から寄進を受けて生活しているのですが、不受不施派という坊さんたちは信者でない人からは何も受け取らない代わりに何も供養をしないという宗派です。
豊臣秀吉が母親の供養のため不受不施派の坊さんに出仕しろと言ってきた時も「関白さまは我が宗派ではないので出来ません」と答えたそうで、江戸時代になってもそんな事を続けていたため、ついに頭にきた将軍家から、
「だったら幕府が領民に施すために掘った井戸の水を飲むな。幕府が領民に施すために敷いた道を歩くな!それが嫌なら改宗しろ!」と怒鳴られます。
それでも信仰を捨てきれなかった坊さんたちは厳しい摘発を受け、隠れキリシタンのように刑罰を受けるか、改宗の誓約書を取られるかしたそうです。
ですからキリスト教徒が弾圧されたというのも、キリストが、それ以外の神を認めない一神教だったからなのではないのでしょうか。
弾圧を恐れず信仰を貫いた彼らを、格好いいと憧れる半面、何不自由ない時代に育った私としては、信仰って、そこまでして貫かなきゃならないものなの?と、首を傾げてしまいます。
余談ですが、マリア観音はあってもキリスト如来は見た事がありません。
どうしてなんでしょう。
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by sweetmitsuki | 2009-09-02 20:36 | お出かけドリフト | Trackback | Comments(0)

ベジタリアン

e0078674_21392895.jpgかなり前の話ですが、ベジタリアンに憧れて肉を一切摂らない生活をしていた事がありました。
別に特定の宗教に入っていた訳ではありませんが、ルール無用の現代社会、せめて自分なりのルールを決めようっていうのがいわゆる青春ってモンでしたのでしょうか。
口に入れる全ての食事を自分で作らなくちゃいけないのと、人と外で食事が出来ないのと、食材を調達するのが大変(うどん一杯にしても鰹ダシは×なので専門店に昆布ダシ100パーセントのを買いに行かなきゃならない)のと、その他もろもろ面倒臭いので1年で止めましたが。
それでも、ベジタリアンを奨励する本は何冊か読みました。

植物だって生き物なんだから殺して食べるのはかわいそうじゃないか。

という趣旨の発言をする人が世の中にはるのですが

牛や豚のように食肉として扱われている動物を商品として出荷する為には大量の穀物を食べさせる必要がある。世界人口は増加しているのだからどんどん森林を伐採して穀物を生産する畑に開墾しないと肉食人間は餓死してしまうか、その前に森林伐採による環境破壊で絶滅してしまうだろう。
地球環境を守るために人類は動物ではなく植物を食べるべきなのだ。


と、いう実に科学的で地球全体を視野に入れた反論が述べられていて
「なるほど~ やっぱしベジタリアンっていい事なんだ。面倒臭くても続けよう。」
そう思ったのでしたが次のページを読んで180度考えが変わりました。

確かに植物も生き物だから殺すのは罪深い事かも知れない。
しかし我々は神に使え供物を捧げているのだ。
だから植物を殺すのが罪深いというのなら、その罪は我々ではなく神が担うのだ。


e0078674_23425770.jpg要は戦争で兵隊が敵の兵隊を殺しても罪にならないのと一緒の理屈です。
そう言われてしまえば反論はできませんが賛同もする気になれません。
宗教というものの本質はまさにそれで、すべて嘘だとは思いませんが、正しい事も教えてくれるけどそうじゃない事もたまにはある。
あるけれどもその宗教に入っていると、それって違うんじゃないとは言えない。
どんなに正しい人でも、間違う事はあるのだから盲信するのはやっぱし変です。
正しいと思えば実践すればいいし、違うと思えば素通りすればいい。
神様仏様と人間の距離は、そのくらいが丁度いいんじゃないでしょうか。

私はもうベジタリアンではないので牛も豚も食べますが、牛舎の前を通る時、あの牛さんはミルクの出が悪くなったら屠畜場に運ばれて、でも舌の肥えた日本人は廃乳牛の肉を食べないからペットフードの原料ぐらいにしかならず、あとは産廃として処理されるんだと思うと、心の中にもやもやした、自分では処理出来ない感情が湧いてきます。
そして、そのもやもやを解消してくれる言葉なり何なりがあればそれがたとえ嘘であっても信じたいと思う事はあります。
でも、もやもやはやっぱし、もやもやのままでいいのでしょう、それが真実なのですから。

隠れキリシタンについて書くつもりだったのですが、その前に自分の宗教観を述べておかないとと思いまして、こういう記事になってしまいました。ですから画像と記事内容が違います。
上から練馬区禅定院のキリシタン燈篭、世田谷特攻平和観音のマリア観音。
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by sweetmitsuki | 2009-09-01 22:49 | ぬくぬく引きこもり記 | Trackback | Comments(4)