mitsukiのお気楽大作戦


手作り雑貨と原チャリ放浪と雑学で綴る、実践お気楽ライフ
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GHQが担いだ神様

前回紹介させていただいた二宮金次郎の事が気になったので小田原まで行ってまいりました。
小田急線栢山駅で下車し、駅でもらったイイカゲンなシンプルな地図(平成14年11月作成)を手に、迷いに迷いながら道草を楽しみながら金次郎の生家をはじめ、ゆかりの深い史跡を探訪。
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(清流にしか棲まない川トンボが多く飛び交う報徳掘。取水溝ではなく冷たい地下水を取り除くために作られた排水溝です。この工事で永年により苦しめられた冷害は除かれ、米の収穫が倍増しました。)
金次郎の生家から、彼が薪を背負って運んだ小田原城下まで歩いて散策するつもりでいたのですが、隣の富水で再び電車に乗り小田原まで。
どうも金次郎は「地元では名士」という訳ではなく地元の人も、大人になってから何をしたのかはよく知らないみたいです。
新しく引っ越してきた人が多いせいかも知れませんけど。
e0078674_2227321.jpgGHQのインデボーデン少佐は二宮尊徳を「私の見るところでは、世界の民主主義の英雄、偉人と比べいささかの引けもとらない大人物である。」「尊徳の考え方と、われわれ米国人が民主主義の基礎と思っている独立宣言書の核心との間に、いささかの開きも私には認められない。」「祖先のうちにこのような偉大な先覚者をもっていることは、あなたがた日本人の誇りである。」「尊徳の教えをあなた方の祖国日本再建のため用いることはあなた方の義務であると同時に権利でもあろう。」と大絶賛していますが、彼は強烈な反共主義者で占領期間中、日本のマスコミ(新聞・雑誌・NHKラジオなど)に君臨し、その絶大な権力を駆使し、反共思想の導入、レッドパージの強行などで辣腕を振るった事で知られていて、革命を唱えたり権力に逆らったりせず与えられたパラダイムの中で荒廃した村を復興させ多くの農民を救済した二宮尊徳は、アメリカの都合が良いように日本人の脳内を変革させるのに、うってつけの人物だったのでしょう。
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(小田原駅前にある金次郎像が読んでいる本の中身、難しい漢文ですが尊徳はこれを「譲って損なし奪って益なし」と邦訳しました。)
尊徳の教えは、やれば誰にでも出来る事ですが、やり遂げるのは並大抵ではない事ばかり。
「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である。」 とはいいますけれども(economyを経済と翻訳・造語したのは福沢諭吉で、二宮尊徳の没後10年の事ですが、そんな細かい事を気にするのは止しましょう。)古今東西を問わず、宗教と金儲けが絡むとロクな事にはなりません。
具体的な例を挙げるとアブないのでしませんけど。
それを実践してみせたのだからやっぱし金次郎は全国の小学校に銅像が立つほどの偉い人なんですね。(二宮金次郎の銅像は戦時中金属が不足したため、国策として銅像の供出を命じられ赤いタスキを掛けられ『出征』し、武器弾薬に姿を変え『特攻』を遂げたため残っていません。現在あるのはその後作られたコンクリート製の像。)
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(お昼にいただいた小田原名産デラックスこゆるぎ弁当。「こゆるぎ」は地名の「小田原」がその昔この地域の名称「小由留木」を読み違ったところから始まったとされる説から命名されたそうで、では、「こゆるぎ」とはどんな意味なのかというと、そこまでは分からないそうです。)
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by sweetmitsuki | 2010-08-28 23:52 | 史蹟で歴史のお勉強 | Trackback | Comments(4)

走れ二宮金次郎

e0078674_201825.jpg暑いので何か怖い話でも読んで涼もうと思い「そういえば、二宮金次郎って学校の怪談の定番でしたよね。」などと考えてネットで探してみたら、実は二宮金次郎ってスゴい人物だった事がわかりました。

日本が戦争に敗けた4年後の1949年、「青年」という雑誌にGHQ新聞課長D・C・インボーデン少佐のこんな言葉が掲載されています。

「二宮尊徳翁は、日本のアブラハム・リンカーンである。自由と民主主義を日本で初めて実践した人物である」(詳しくはコチラ

戦争に敗けた日本人は「オマエラが敗けたのは民主主義が出来なかったからだ。これからオレ様が民主主義をビシビシ教えてやるから有難く思え。」とでも言うと思っていたアメリカ人が、日本民主主義の祖はペリー来航前の日本人にあると語ったのを聞いてビックリします。
しかも二宮金次郎といえば勤労少年の模範として、どこか軍国主義の香りがする人物じゃありませんか。
現代では真夜中の校庭をバタバタ走り回るというイメージしかないこの謎の石像少年の正体とは一体何なんでしょう?

二宮金次郎は子供の頃に父と死別し、病気の母と幼い弟を養うため働きに出るのですが、子供がいくら働いたって、大した稼ぎにはなりません。
そこで、子供という立場をフル活用して効率の良い仕事を見つけます。
それが、あの二宮金次郎の必須アイテムである薪です。
当時山は藩などが管理していたのでむやみに拾ってきてはいけなかったのですが子供だからという事で大目に見てもらい、タダで得た薪を小田原城下に売りに行きました。
当時、小田原は東海道の宿場町として栄えていて、旅籠や飲食店などで燃料として薪はとても高く買ってもらえたのです。
タダのものを移動させ、需要がある所で売ればお金になるという経済のノウハウを金次郎少年は独学で学んでいきます。
もちろん、売りながら東海道を行き交う人々の会話に耳を傾け最新の情報を入手していたのはいうまでもありません。
こうして、お金を稼いだ金次郎は、それを元手に日本初、いえ世界初のファンドを設立します。
説話では、貧しい人に貸してあげた事になっていますが、ちゃんと利益を得ている事を見落としてはいけません。
これが大成功して大金持ちになった金次郎に、小田原藩の家老が財政立て直しを依頼してきます。
今でいう経営コンサルタンティングですね。
そこでも大活躍するのが薪です。
「きれいに掃除したかまどは燃費が良く、汚れたかまどより2本少ない薪でご飯が炊ける。ご飯は朝夕の2回炊くから一年で4×365=1460本の薪が節約出来る。薪は他所に売ればお金になるから掃除をした人にボーナスを支給しよう。」
なるほど、こういう知恵は幼い頃苦労した人でないと働きません。
資本主義が成立するのは経済と道徳が両立した時だとプロテスタニズムについて分析したのはドイツの社会学者マックス・ウエバーですが、それよりずっと前に金次郎は実践していたんですね。
刀ではなく、薪で世を斬る金次郎、カッコいい。
こうして、金次郎は背負っていた薪を世のため人のために使い、金次郎は尊徳になっていったのでした。
メデタシ、メデタシ。

何が怖かったのかというと、私が知らなかった日本史のツボを、戦後間もない頃のアメリカ人が知っていたという事。
戦争で勝敗を決めるのは武器弾薬ではなく情報だといいますけど、これでは勝てないのも無理はありません。
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by sweetmitsuki | 2010-08-22 20:30 | おどろけー | Trackback | Comments(4)

私の夏休み

e0078674_21503012.jpg今週は今日まで夏休みだったのですけど、まずは夏バテで疲れ切った身体を休め、部屋を片付け菜園を補修し、今日になって発注してあった本が届いたので取りに行き、その後は読書で終わってしまいました。
大人になってからの夏休みなんて、そんなものですよね。
それでも日本という国は不思議な処で、都会のど真ん中でさえ湧水が溢れ、そこには沢山の魚が棲み、場所によっては魚捕りOKだったりするので、しっかり川遊びを楽しんでまいりました。
悠長に釣り糸を垂れている時間もなかったので、仕掛けを使います。
竹を結って作るのが本格的ですが、今回はそんな時間もなかったので市販のお魚キラー(詳しくはコチラ)を使用。
獲れるのは小魚ばかりですが、何という魚かは不明。食べて美味しけりゃそれでいいのです。
注意しなければならないのは、場所によっては釣りはOKでも仕掛けはNGだったりする場合があるので事前に確認が必要なのと、沈めた仕掛けを目を離している隙に誰かに持っていかれてしまう事。
今の季節なら朝早く沈めておけば、2時間ぐらいで充分な漁獲が可能。
ちなみに夜沈めると、手長エビが獲れます。
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本当はこの3倍ぐらい掛かったのですが、調理する手間と、清水で一晩泳がせておいて泥を吐かさなくちゃならない水槽が必要なので逃がしてあげました。
これを頭も腸も取らず、片栗粉でまぶし、油で揚げ、焦げ目がつくまで焼いたネギを浸けておいた三杯酢に放り込みます。
そうして出来上がったのがこれ。
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黙って食べたら、ワカサギもしくは稚鮎と言われても分からないほどの味わい。(将来私と結婚する人は、こんなもん食卓に出されて可哀相だなあ)
南蛮漬けにするのが面倒な人は、そのまま唐揚げでソースをかけても美味しく召し上がれます。
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by sweetmitsuki | 2010-08-18 22:31 | 原始人ごっこ | Trackback | Comments(6)

どうして日本は戦争をしたの?

以前普天間問題がニュースで取り沙汰された時、ティーンの子に
「どうして沖縄にはアメリカ軍の基地があるんですか?」
と聞かれまして
「日本が戦争に負けるまで朝鮮半島は日本の領土で、日本が戦争に負けたあと、自由な国を創ろうとする韓国と平等な国を創ろうとする北朝鮮との間で戦争になって、アメリカは韓国を支援して、物資を送るのに沖縄は地理的に都合が良くて、朝鮮戦争はまだ終わっていないから。」
と、いちおう彼女を納得させられるだけのうんちくを披露する事は出来たんですけど
「じゃあ、どうして日本はアメリカと戦争をしたんですか?」
と聞かれ、これには答えに窮してしまいました。
日本がアメリカと戦争をしたら負ける、そんな事はティーンの子にだって分かる事です。
その負けると分かっている戦争をどうしてしたのか、それは日本が愚かだったから、では答えになりません。
何故かというと、戦争を始めたのは学生時代テストで100点ばかり取っていたような人たちで、そういう人でないと国の政治に携わる事は出来なかった事、これもティーンの子は知っているので当時の施政者がバカだったからというのは答えとして乱暴過ぎると思うのです。
金儲けに目が眩んで愚かな事をしてしまった、というのも、答えとして相応しくないような気がします。
戦争の目的が最初から金儲けなら、日本はもっとずるく、卑怯に、悪賢くやったのではないでしょうか。
舟の一隻、飛行機の一機をも失うまで戦争を続けなかったと思うのです。
だからといって
「日本人には負けると分かっていても戦わなければならない目的があった。」
などとクサい事はもちろん言いませんでしたけれども。
もしそんなものがあるというのなら、その目的とは何だったのでしょうか。
朝鮮戦争を戦った北朝鮮には、共産主義国家すなわち、すべての人が平等に暮らせる理想世界の建設という、ティーンの子にでも分かる目的がありました。
それが達成出来たか出来なかったかというのは、また別の話です。
戦前の日本にも、アジアの人々が白人から搾取されない共栄圏の建設という目的はありましたが、それがどこまで具体的で現実味を帯びたものだったかは、今となっては怪しいものです。
まじめに働いてる人々が報われる社会と言っておきながら天皇陛下バンザイで皇族、宮家は特権階級という、ティーンの子を納得させるにはちょっと厳しい中途半端な内容だったのではないのでしょうか。
そんなだったので、その場はモゴモゴと難しい事を言って誤魔化してしまいましたが、そんな事ではいけなかったと今になって反省しています。
当時の日本人がどんな未来図を描いていたのか、そして、今を生きる私たち日本人がどんな未来図を描くべきなのか、私ももう大人なので、ティーンの子に聞かれたらキチンと答えられるようにしなくてはいけませんね。
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by sweetmitsuki | 2010-08-17 22:02 | 東京大空襲を忘れない | Trackback | Comments(5)

プロペラ

第二次世界大戦が終わって今年で65年になりますが、最近、あちこちでこんな言葉をよく耳にします。
「日本人は戦争について語る時、食べるものがなくて大変だったという話しかしないが、もっと戦争が起きた理由について考えるべきだ。」と。
確かにそうかも知れません。そういう時代の節目に来ているのでしょうか。
もっとも、同じ事をいっていても、ある人は「日本は戦争において加害者なのに、被害者であるかのような態度でいるのはおかしい」といい、ある人は「あの戦争は自存自衛のための戦争だった」といい、そこから意見は大きく食い違って来るのですけれども。
しかし私は天邪鬼なので、敢えて時代の流れに逆らって、人とは違う話をしてみたいと思います。
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(調布飛行場に現存する掩体壕と当時格納されていた代表的な戦闘機「飛燕」。ドイツ・ダイムラーベンツ社の技術をもとに国産化した液冷エンジンを搭載し、高空能力に優れ、もしもこのエンジンを100パーセント稼働させられる資源があれば歴史は変わっていたかもしれないともいわれている陸軍の傑作機)
戦争が起きる理由はそんな単純なものじゃないと誰かに叱られたとしても、やはり私は、食料やエネルギーを自給出来ない国が、戦争に走るのだと思うのです。
最近の話でいえば、2003年3月20日に勃発したイラク戦争だって、随分と御立派な大義名分を掲げていましたが、結局のところ、アメリカが中東の石油資源を確保するための戦争だったとしか考えられません。
日本にしたって、そもそも幕末の頃、アメリカの軍艦が浦賀に侵入してきて、不平等条約を調印させられた事による損失を補填させる必要がなければ、軍艦を江華島に侵入させ、朝鮮(当時の国号)に不平等条約を押し付けなくても済んだのではないのでしょうか。
すべてがそうだったとはいいませんけれども、日本は食料とエネルギーを自給出来ないからこそ戦争に踏み切り、食料とエネルギーを自給出来ないから戦争に敗れたのですから、戦争が起きた理由と、食べるものに不自由した当時の人々の証言を切り離して考えようとする最近の風潮を、私はどうしても好きになれません。
変わりゆく現実の中、「記憶」が「記録」に置き換えられ歴史の1ページに整理されてゆくのは仕方のない事として、せめてこのくらいの抵抗を試みても、悪い事にはならないでしょう。
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(三浦半島の突端に設置されているデンマーク・ミーコン社製の風力発電装置。この2基で一般家庭の約250世帯が消費する電力量を賄える。同じプロペラなら、こっちの方が断然いい)
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by sweetmitsuki | 2010-08-15 06:16 | 東京大空襲を忘れない | Trackback | Comments(6)

森の木陰でドンジャラホイ

e0078674_2164876.jpg世界の宗教や信仰、神事というものについてそれほど詳しくもないのですが、狐を拝んでる国って日本ぐらいじゃないのでしょうか。
イソップ物語がその代表ですが、だいたいどこの国でも狐といえば、ずる賢くて陰湿な生き物で、これは別にわが日本でも例外ではなく、どこか得体が知れずうす気味の悪い、陽ではなく陰、光ではなく闇、聖ではなく邪の部類に属するものとして扱われています。
その、どちらかといえば妖怪に近い、というよりほとんど妖怪の狐がどうして信仰の対象になっているのかというと、お稲荷さまの神使だからで、お稲荷さまは人を選ばず誰でも願望を成就させると信じられていて、博徒や遊女、被差別階級等にも広く信仰を集めた日本で人気ナンバー1の神様だからです。
さて、お稲荷さまってどんな神様だかご存知でしょうか?
商売繁盛の神様だといわれているのは、先に述べたように、普通の神様なら聞く耳を持たないような欲の皮の突っ張った人間の願いも叶えてくれるからで、この神様の本質ではありません。
例えばキリスト教徒なら、どんな無学な人でもイエス・キリストの生涯を知らない人はいないでしょうに、日本人なら誰でも知っている、そして日本人以外は誰も知らないお稲荷さまが実はどんな神様なのか、日本人はどうして知らないのでしょうか。
「キリスト教は信じたい人だけが信じる宗教で、土着の稲荷信仰といっしょにしてもらっては困る。」
そうおっしゃるのはもっともです。
ところがお稲荷さまというのは、「古事記」はともかく「日本書紀」には登場しない神様なのです。
「身分の卑しい人でも参拝できるし、日本書紀にも載ってないんだから、どうせ大した神様じゃないんでしょ。」
そう思ったら大間違い。
お稲荷さまは豊受大神(とよけのおおかみ)、豊宇気毘売命(とようけびめ)、宇迦之御魂神(うかのみたま/倉稲魂命とも書く)と呼ばれるのが正式で、あの伊勢神宮の外宮に祀られている神様です。
外宮というくらいだから内宮より格下なのかと思ったらこれも大間違い。
「外宮先祭」という言葉があり、重要な祭りは全てまず外宮からという伝統があって、内宮と同列と思えるくらいに外宮が重視されているのです。
内宮に祀られているのはもちろん皇祖神の天照大神ですから、これ以上の神様は日本にはいません。
e0078674_22482790.jpgそんな凄い神様が、国の正史である「日本書紀」では触れられておらず、どうして妖怪であるはずの狐を従えているのか、まったく謎のままなのです。
伊勢神宮外宮社伝によれば雄略天皇(在位456年12月25日 - 479年9月8日といわれている第21代の天皇、架空の人物である可能性が高い)の夢枕にアマテラスが現れ、「一人では寂しいので、等由気大神(とようけのおおかみ)を近くに呼び寄せなさい」と言われ遷宮させたとされているのですが、この伝承も何か変です。
アマテラス大神は女神なのですから、独身が寂しいのなら普通は男神を呼び寄せるのが自然ですのに、トヨウケ大神も女神なのです。
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by sweetmitsuki | 2010-08-10 22:55 | おどろけー | Trackback | Comments(4)