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科学の限界を超えて私は来たんだよ

e0078674_4435695.jpg日本は古代から中国の律令体制を朝鮮経由で学び仏教や儒教を取り入れてきましたから、日本の文化は中国の模倣ということになるのですけど、現実問題として日本人と中国人って、全然似てないんですよね。
それはどっちが優れていてどっちが劣ってるかとかいう問題ではなく、倫理観や道徳がどうとかいう大袈裟なものでもなくって、もっと身近な、日常的な生活習慣がまったく違うんです。
たとえば日本の童話に「おむすびころりん」というお話があって、おじいさんが野良仕事に出かけてお昼にお弁当のおにぎりを食べるというシーンがあるんですけど、これが中国ではアリエナイお話なんですね。
何故かというと、野良仕事といってもそんなに遠くに行くわけじゃないんだし、そもそも彼らには冷えたご飯を食べるという習慣がありませんから、いったん家に帰ってお昼ご飯を食べるのが常識で、わざわざ携帯食を用意して、外で食事をする日本人が信じらんないんだそうです。
別にお弁当は日本固有の文化というわけではありませんが、英BBCが日本の市井のごく一般的な幼稚園児を持つ普通のお母さんが作ったお弁当を見て感動し、わざわざ取材に訪れて特集を組んだそうですから(詳しくはコチラ)、やっぱし日本のお弁当文化は特殊なものといわざるを得ません。
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この文化がどこからきたのかというと、日本人はもともと海洋民族で、船の上で食事をすることが多かったころの名残なのではないかと私は想像しています。
日本の縄文式土器とまったく同じものが米大陸や太平洋諸島からも出土していますし(詳しくはコチラ)、神話においても「失われた釣り針神話」(詳しくはコチラ)や、「ハイヌウェレ神話」(詳しくはコチラ)や、「因幡の白兎神話」(詳しくはコチラ)のように、日本の文化は神話から見ても考古学的資料から見ても、中国より遥かに太平洋の島々に近いのです。
さて、それでは「失われた釣り針神話」をもう一度おさらいしてみましょう。

弟の山幸彦は兄の海幸彦から借りた釣り針を失くしてしまいました。怒った海幸彦に攻められて山幸彦は海辺に行くと塩椎神が現れて、竹カゴで編んだ无間勝間という船に載せられて竜宮城に辿り着き、海姫神、豊玉姫と結婚することになり、無事釣り針も見つかって、さらには豊玉姫の呪術によって兄に代わって地上の統帥権も獲得し、その孫が初代天皇になるのでした。

神話ですから、不思議なことが書いてあって当然なのですが、竹カゴで編んだ船が水に浮くわけがありません。
これはいったいどういうことなのでしょうか。
どうやら、古事記が編纂された時代には、竹カゴで編んだ无間勝間なる船がどういうものなのか、すでに分からなくなっていたようなのです。
无間勝間がなんであったのか、その謎を探るべく、東京・東村山にある下宅部遺跡に行ってきました。
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下宅部遺跡は湧水を豊富に含む土壌により有機質の遺物が現在でも残されていて当時の具体的な情報を得ることのできる貴重な遺跡です。
縄文人が縄文を施した土器以上に、縄や竹ひごで編んだカゴを愛用していたのは想像に難くないのですが、下宅部遺跡からは50点以上の編組製品が出土していて、四つ目、市松、網代、ござ目、六つ目など、ほぼ現在の編み方の技法は出尽くしているほど完成度の高いものが発掘されています。
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さて、竹カゴの謎はこれで解けました。
問題はこれをどうやって水に浮かばせたかです。
下宅部遺跡のもう一つの特徴として縄文人は漆を栽培し、現代の工芸品と比較しても遜色ないほど優れた漆器を作っていたことが発掘された遺物から証明されています。
漆というのは天然樹脂としては地球上で最も優れた物質ですから、竹カゴを核に籃胎漆器を作れば強靭な浮きになるでしょう。
それを丸木舟の側面に備え付ければ、外洋を航行可能なアウトリガーカヌーが出来上がるのではないのでしょうか。
古事記に登場する无間勝間とは、籃胎漆器によるアウトリガーカヌーのことで、竜宮城というのは遥かな海の向こうの米大陸にある、マヤ文明の神殿のことだったのではないのでしょか。
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妄想はこのくらいにして話をふりだしに戻しますと、日本でも左遷されることを「冷や飯を食わされる」といい、温かくないご飯を食べるのは屈辱的なこととされています。
おそらく日本に律令体制を布き、仏教や儒教を導入したのは、中国からやってきた冷めたご飯を食べるのが嫌いな人たちで、彼らはこの土地を侵略し、そこに征服王朝を築いたのでしょう。
だからこそ、古事記を編纂した人びとは、无間勝間がなんであるのかわからないのです。
ところがそれで先住民はすべて滅ぼされてしまったのかというとそんなことはなく、お弁当好きな縄文人の気質は、ちゃんと現代に受け継がれているのでした。
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by sweetmitsuki | 2013-11-17 05:01 | 古代史でポン | Trackback | Comments(6)

そばの怪異2

e0078674_20451272.jpg江戸時代、そばの定番料理といえばちくわを乗っけた「しっぽく」と、海苔を乗っけた「花巻」でしたが、明治になってきつねとたぬきが登場すると、これらの料理はメユーから姿を消してしまい、今ではお目にかかることがありません。
それはどうしてでしょうか。私なりに考えてみました。
満腹感、というのを感じるのは、料理の量ではなく血糖値なのだそうです。
そばは血糖値が低いので、そばを食べても満腹感を感じることが少なく、落語の「そば清」のように、そばならば何杯でも食べられるという人は少なくないのですが、血糖値が上がりやすい揚げ物を一緒に食べる事で満腹感を手っ取り早く得ることができるのだそうです。
人間というのは怖い生き物で、一度油っこい食事の味を覚えてしまうと、もう二度と元の淡泊な食生活には戻れません。
そば屋のメニューからしっぽくや花巻が消え、代わりにたぬきやきつねが活躍するようになったのは、そんな理由からなのではないでしょうか。
それならば、きつねとかたぬきとかいう、妖しげな名前がついているのも、何となく察しがつきます。
油は、食用としてではなく、燃料や灯火として人びとの暮らしに欠かせないものですが、だからといって、血糖値の高い食事や、過度な暖房や、夜更かしのための照明が、どうしても生活のために必要かというとそうではなく、それはむしろ健康を脅かす、不要で有害なもののはずです。
ですが人間というのは恐ろしい生き物で、一度贅沢な暮らしを覚えてしまうと、もう二度と元の質素な生活には戻れないのです。
油は、人から正常な判断力を奪う、魔性の力を秘めているのではないのでしょうか。
そういえば、ろくろ首は長い首を伸ばして行燈の油を舐めるといいますけれど、灯油が高価なのは今も昔も同じで、ろくろ首とはさぞや恐ろしい妖怪だったに違いありません。
明治の頃、たくさんの人が食べ物に困っていた時代、安価な食材を使い少ない量で満腹感を得ることのできるきつねやたぬきは魔法の食べ物で、発明した人は神だったに違いありません。
ですが栄養の摂り過ぎから病気になる人が珍しくはない現代社会、ヘルシーなしっぽくや花巻が見直されても良いのではないのでしょうか。

・・・と、ここで格好よく記事を終わりにできればよいのですが、私も粋ぶってそば屋に行き、せいろを手繰って帰ってきた後、無性に油っこいものが食べたくなる躯体の衝動を抑えることができません。
人間は一度通ってしまった道を後戻りすることができないのです。
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by sweetmitsuki | 2013-11-01 21:31 | おどろけー | Trackback | Comments(8)




手作り雑貨と原チャリ放浪と雑学で綴る、実践お気楽ライフ
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