mitsukiのお気楽大作戦


手作り雑貨と原チャリ放浪と雑学で綴る、実践お気楽ライフ
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本当は恐ろしい舌切り雀

e0078674_20154483.jpg昔話の「舌切り雀」を聞いて、雀はお婆さんの大事な糊を勝手に食べたんだから罰を受けるのは当然で、それなのにお婆さんが最後に酷い目に遭うのはおかしいと思ったことはないでしょうか。
この話には、欲張ってはいけないですとか、弱い者いじめをしてはいけないですとか、そういう教訓が含まれているといわれていますけれども、どうもそれとも違うらしいのです。
記紀には書かれていませんが、日本に古くから伝わる神話の中に、こんな話があります。

遥か昔、人間が稲作を始めたばかりの頃のことです。
ある晴れた秋の日、山の神様が人里を見降ろしておっしゃいました。
「秋になると人間が山に入ってきて、木の実とかキノコを採っていくんだが、最近そういうことをするものが少なくなったな。どうしたのだろうか。」
すると雀が「そういえば人間は夏の間、芦原で草の種を蒔いて大切に育てていましたが、何か関係があるのでしょうか。私が調べて参りましょう。」と答え、人間の国に飛んでいきました。
雀が人間の国に行くと、人間は稲の収穫の真っ最中でした。
雀がそこへ行って稲穂を拾い集め始めると、人間たちは雀を捕え、大切な米を勝手に食べた雀に罰を与えようとしました。
するとお城からきれいな女性が出て来て、「鳥たちがどんなに食べるといっても、どれほどの量だというのです。出し惜しみをするのではありません。鳥たちが食べることで、稲穂も神になれるのです」と言って、箕いっぱいに籾を入れて来て庭の隅にまき「小鳥たち、たくさん食べなさい」と言ってくれました。
その堂々とした振る舞いや、周りの人間のうやうやしい態度から、その女性は人間の国の王なのだと雀は思いました。そして、そのことを山の神様に伝えました。
「それは危ない目に遭わせてしまったな。これからは人間の国に行くときには気をつけなさい。」
e0078674_22134460.jpg
それからすぐに、人間の国から危急の叫び声が聞こえて来ました。そちらを見ると、何とあの優しくしてくれた女王が悪神に魂を抜かれてしまっていたのです。
まわりでは何とか甦らせようとする人間たちが里の神様に祈っていましたが、どうすることもできませんでした。
「あんなに優しい女王だったのに。ここで私は恩返しをしなければ」。そう思ってあたりを見回すと、大地の果ての芦原で悪神が女王の魂をくわえているのが見えました。
雀はそこへ飛んで行き、悪神の頭や肩や手にとまり、面白おかしく歌いながら踊りました。すると悪神は大口を開けて笑ったので、女王の魂が転がり落ちました。雀はそれをすばやくつかみ、人間の国へ飛び帰りました。
そんなことがあったのち、雀は再び山の神様に呼ばれました。
「急に人間たちがたくさんの供物を捧げるようになったので、宴の席を片付ける暇もないほどだ。なぜなのか知っているか。」
雀が一部始終を伝えると、山の神様はたいそう喜ばれました。

雀が人間のものを好きに食べていい理由については、他にもいくつかの寓話があるのですが、古代、人間の国の王の命を雀が助けたから、その子孫である人間はその子孫である雀のために今も食事を用意しなくてはならない、というこの話がいちばん説得力があるように思います。
それに、この話は記紀の「天岩戸伝説」によく似ています。もしかしたら「記紀」も「舌切り雀」も、この神話をもとに作られたのではないのでしょうか。
それに実際、雀が農作物を荒らすからといって、駆除してしまうと大変なことになるんだそうです。
1955年、中国の毛沢東が「雀は悪い奴だ」と言ったとたん、中国各地で雀の大量捕獲が始まりました。
雀抹殺専門の突撃部隊が2400作られ、1年で11億匹の雀を殺し、1967年迄に雀を浄化すると宣言したのですが、その結果どうなったのかというと、雀が食べていた昆虫が大繁殖して、中国の農業は回復不能なほどに壊滅してしまいました。この愚行により、中国全体で4000万人もの餓死者が出たといわれています。
雀を虐めた応報は、いじわる婆さんが担いだ重いつづらの中身より恐ろしかったのです。
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by sweetmitsuki | 2015-04-25 21:25 | おどろけー | Trackback | Comments(2)

世界は美味しいもので満ちている

e0078674_14413455.jpg今さらですが、今回道端に生えてるキノコを初めて食べました。
キノコには毒があるものが多く、素人には見分けがつかないから、というのが理由なんですが、それは野草も同じなんですけど、野草は何となく見分けがつくのに、キノコはどこがどう違うのか分かんないんですよ。
それに、キクラゲ以外で普段、食べられそうなキノコを見たことがないですし、野草は毎年生える場所が決まっていて、そこに行けば必ず手に入るのに比べ、キクラゲは倒木に生えるので、倒木はすぐに処理されてしまい偶然でしか手に入らないので、それならいっそのことキノコには手を出さないのが賢明だと思っていたのですが、毒キノコには幻覚作用をもたらすものも多く、ネットで黒社会に売れば大儲け知識を深めれば危機を事前に察知できるので、知っておいて損はないということで、調べてみました。
調べてみると食用に適するキクラゲはアラゲキクラゲといってその名の通り粗い毛が生えているのですが、今回見つけたキクラゲは全体的にぬめっとしていて粗毛のようなものは見当たりません。
ですが、キクラゲの仲間だけは無毒なので安心なのだそうですし、毒キノコを見分ける方法として一番重要なのは、生でよく噛んでみて苦みを感じないことなのだそうです。
少しでも苦みを感じたら、その時点で吐き出せば、食中毒にはならないそうです。
e0078674_1585928.jpg
(前回発見したキクラゲは一般に開放されてるからといって基本的に個人の敷地内なのでパス。今回は公道の街路樹に生えてたので堂々と採ってきました。)
これを油で炒めて卵を割り入れていただきます。
e0078674_15142256.jpg
生で食べるキクラゲは、干して戻したキクラゲとは全く違い、コリコリでもなければクニュクニュでもなく、フワフワの食感。
たとえていうなら、、、いやいや、たとえるものなんて他にありません。
街路樹の古木が、老朽化して危ないという理由で伐り倒されてしまうのはかわいそうだと思っていましたが、こんな美味しいものが生えてくるとは思いませんでした。
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by sweetmitsuki | 2015-04-12 15:23 | 原始人ごっこ | Trackback | Comments(2)

おどろけー

e0078674_12531520.jpg身近な妖怪ハンドブック
川村易 著
文一総合出版刊
(試し読みはコチラ

道を歩いていて、名前も知らないきれいな花を見つけて、名前を知りたいと思ったことはありませんか?
この出版社は本来、そういった読者のためにいくつものハンドブックを出版していたのですが、何をとち狂ったのか、こんな本を出していました。
身近に妖怪なんているのか?
妖怪って本当にいるのか?
素朴な疑問は満載ですが、そもそも、妖怪とは姿が見えないもので、姿が見えないからこそ妖怪なのです。
ですが、図鑑を刊行するにあたって、姿が見えないではそれこそ絵にならないので古今東西人間はあらゆる知恵を振り絞って妖怪を描いてきました。
たとえばの話、学校で放課後、誰もいないはずの音楽室からピアノの音が聞こえてきたという話を聞いたことがありませんか?
学校の怪談としては有名な逸話のひとつですが、ふつうそんな音が聞こえてきたら
「夕刻で近くの工場も操業を停止して静かになったから、遠くで響いていたピアノの音が急に近くで聞こえるようになったんじゃないか。」と、もっともらしい答えを考えつくものですが、バカなガキ純真無垢なお子様はそうは思わず、そこに妖怪の姿を垣間見てしまうのです。
本所七不思議のひとつ、狸囃子の怪異の部類に当てはまるのですけど、最近ではこのピアノ妖怪に、違う解釈がなされてるようです。
ひとつは、ピアノ好きだった生徒が不慮の事故で亡くなり、その魂は成仏できずに今もこの世でピアノを弾いているという憑依霊タイプ。
この妖怪を絵にするときは、故人の姿で描かれているものなのですが、誰も故人の姿なんて覚えちゃいないので、ベートーベンのような、教科書に載ってる音楽家の肖像画みたいな姿にされてしまっています。
別の解釈として、年を古く経たピアノが妖怪化した付喪神タイプがあります。
こちらは、鍵盤が歯になって屋根板の下から目が覗いているようなお化けピアノの姿で描かれています。
e0078674_13572432.jpgこのように、想像力たくましい人間は姿の見えない妖怪を絵に描いてきましたが、それではすべての妖怪が目に見えないのかというと、そんなことはありません。
昔の刀匠、村正が鍛えた刀は、持つ人間を殺人鬼に変える魔力があるといいますから、これなどは妖怪以外のなにものでもありません。
椅子文化が定着していない日本では、まだ馴染みが薄いかもしれませんが、西欧では座った人間を祟り殺してしまう妖怪椅子がいます。
日本にも、幽霊が憑りついている竈の話がありますが、これはもっと凶悪な妖怪です。
椅子というのは、単に座る道具ではなく「社長の椅子」「総理の椅子」と、いうように権力を意味しますから、その座を巡って激しい争いが起き、幾人もの犠牲者が出ると、椅子はその血を啜って自ら妖怪化し、人を襲うようになるのです。
暗闇で傘のお化けが大きな目玉と長い舌で人を驚かすのは、怖いですけど面白いし楽しいので会ってみたい気もするのですが、権力の椅子に取り憑かれた亡者どもが果てることのない醜い争いを続けるのを見せつけられるのは、勘弁してほしいものです。
せめて、前者が現実で、後者が夢幻であってくれればいいのですけど。
e0078674_14041.jpg
竹林にもタケノコが生えてきました。
でもこれ掘ると白黒の車呼ばれちゃいますから掘ってはいけません。
e0078674_14234.jpg
枯木にキクラゲを発見。これなら採っても怒られないかも。
でも本当に食べられるんでしょうか。ハンドブックで調べてからにしましょう。
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by sweetmitsuki | 2015-04-11 12:55 | おどろけー | Trackback | Comments(2)

貴様と俺とは同期の桜

e0078674_20352445.jpg
これは何なのかというと、埼玉県朝霞市にある基地跡の満開の桜。
これでも、当の桜は一生懸命頑張って必死になって花を咲かせてるんです。
この場所は、昔の陸軍の基地があった場所で、たぶんこの桜も、その当時からここに植わっていたのだと思います。
それが戦争に敗けて、アメリカ軍に接収されてその後返還されたのですけど、それが国によって利用目的が定まらないまま放置されて立ち入り禁止になっているのでこのような姿を晒しているのです。
自然は自然のまま、人が手をくわえないで自然に任せていれば自然は自然と豊かになるなんてのは大ウソで、桜はニンゲンが雑草を刈ったり枝葉を剪定してやらなければ、このように蔓や蔦が枝といわず幹といわず巻きつきたいがままに巻きつき伸び、自力ではわずかな花しか咲かせられなくなってしまうのです。
e0078674_20491986.jpg桜に、苦しいとか辛いとか悲しいとか死にたいとか、そういう感情があるのかどうかはわかりませんけど、もしもそんな感情があるのなら、確実にこの桜はそう感じているでしょう。
ですが戦争が終わって70年、この桜は枯れることも死ぬことも許されず、こうして蔓と蔦にがんじがらめにされた枝葉の先からわずかに花を咲かせ、今年も生きているのです。
弱肉強食は植物の世界でも同じですから、これが自然の本来ある姿だといってしまえばそれまでですし、見たくなければ目を塞いでしまえばいいのですけども、この桜は、直視することもできなければ、目を逸らすこともできません。
弱肉強食は、世の在り方としてはあまりに酷すぎるんじゃないでしょうか。
九段下の桜は、今年も入念に手入れが施されて多くの参拝者の目を楽しませているというのに、朝霞陸軍跡地の桜は、このような残念な姿をフェンス越しに人前に晒している。
同じ桜でありながら、この扱いの違いは何なのでしょうか。
桜だけではないでしょう。
いつの間にやら勝ち組とか負け組とかいう言葉が蔓延って、大して努力もしてない奴らが運がいいというだけで甘い汁を吸ったり、一生懸命頑張ったにもかかわらず、努力が報いられてない人たちがいる。
戦後70年を機にもう一度そのことを考え直したほうがいいんじゃないんでしょうか。
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by sweetmitsuki | 2015-04-01 21:18 | 東京大空襲を忘れない | Trackback | Comments(6)