mitsukiのお気楽大作戦

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あなたと私でランデブー

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2016年1月7日AM6時00分、東京・練馬、ランデブーする有明月と明けの明星。
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# by sweetmitsuki | 2016-01-07 22:18 | ぬくぬく引きこもり記 | Trackback | Comments(2)

遥か遠い空

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ここ数年の間、新年第一弾の出だしを「アキバに初買いに行ってきました。」という言葉にしています。
その理由は「あけましておめでとう。」という言葉を、もう二度と使わないと決めてあるから。
去年のうちに身内に不幸があった人には、この言葉を使ってはいけないという決まりがありまして、私はそのことを聞かされてなくて、うっかり呑気にこの言葉を使ってしまいまして、それ以来、もう二度とこの言葉は使わないことにしたんです。
ったく、大嫌いだよ正月なんて。
いつも歳末はギリギリまで働かされててさ。
それで、周りに不幸があっても私は何にも知らされてなくてさ。
そんなのはもううんざりなんです。
去年の暮れ、ブログ仲間のマーヒーさんがあの世に逝かれたそうです。
私はまた、今回もそのことを正月まで知りませんでした。
訃報は届いていたのですが、忙しくて読んでる暇がありませんでした。
あんなに元気で食欲もいつも通りだった人が膵臓がんで亡くなるなんて、何かの間違いに間違いないと先刻まで思っていたのですが、あんつぁんと久次郎さんの他にもう一人、じぇにーさんのブログを読ませていただきまして、それがまぎれもない真実であると確信しました。
更新が途切れたと思ったら、コメント欄がエロスパムで埋め尽くされてしまう、というのが一昔前のブログの末期だったのですが、時代は変わったのですねい。
時代は変わるからこそ私たち人も、変わらなければいけないんですねい。
今、マーヒーさんのブログを読み返してみるとご自身の命運を理解している節もあったのですが、それでもなお、生気を失わない人でした。
いえ、死してなお、生気を失わない人でした。
合掌。
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# by sweetmitsuki | 2016-01-04 19:48 | リアルなエブリデイ | Trackback | Comments(0)

秋葉の花は無駄ばかり

e0078674_23135697.jpgアキバに初買いに行ってきました。
改装中だったラジオ会館も立派にリニューアルされていて、考えてみればアキバに来るのは去年の正月以来で、すっかりウラシマ状態だったのですが、一歩ラジオ会館に足を踏み込んでみればそこはいつもと変わらぬアキバだったので安心しました。
ただ面白いというだけで何の役にも立たないものが売られている店舗が全館一つのビルになっているという建物は、そうそうあるもんじゃありません。
さて、昨今の冬物ファッションといえば、ふかふかのコートではなく何枚も重ね着をするのが流行りだそうで、なんだか平安時代に逆戻りしたみたいで面白いです。
私はそういうの、ちょっと趣味じゃないな。っていうか、うまく出来そうにないなって思ったんですけど、買い物に来て手ぶらで帰るわけにもいかないので流行には逆らわず、重ね着に挑戦してみました。
とはいっても、このコーディネート、ショーウィンドウのマネキンの子が着てたのを色違いで真似ただけなんですけどね。
さて、買い物も無事済んだところで近くの神社に初詣でに、万世橋を渡らずに左へ曲がり、秋葉原ワシントンホテルの手前の狭い路地を通って山手線の高架のすぐ脇にある神田ふれあい橋を渡り、柳森神社へ。
e0078674_233655.jpg普通、お稲荷さまといえばキツネの像が建ってるんですけど、ここはタヌキの像が建っているのが有名です。
五代将軍綱吉の生母桂昌院が信仰していた福寿神を祀っているんだそうで、桂昌院といえば、そもそもこの人がいなければ赤穂浪士討ち入り事件は起こらなかったといっても過言ではなく、霊験あらたかなのか物騒なのか、いまいちわからない神様です。(この人は何も悪くはないんですけどね。)
玉の輿に乗るという言葉も、桂昌院の元の名前がお玉だったといわれていて、社宝の福寿神は、本物は現在は非公開ですが、15センチぐらいの小さな木造で、江戸の人々の信仰は篤かったそうで、昔からこの手のゆるキャラが愛されてきたとは、何百年経っても、どんなに科学や文明が発達しようとも、今も昔も変わらないんだなあ、と、妙に納得させられてしまいました。

おまけ
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柳森神社とは別の、近所の神社で、お焚き上げの炎を撮ったら、なんだか竜神様のような姿が。
まあ、この手の画像は、何枚も撮ればそれっぽく見えるものが偶然写るものなので、信じる信じないはその人次第なんですけど。
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# by sweetmitsuki | 2016-01-04 00:10 | お出かけドリフト | Trackback | Comments(2)

平和通りにビルが建つ

e0078674_20422784.jpg紅葉のシーズンで行楽地が賑わっていようですけど、何も景勝地まで行かなくても紅葉は楽しめるものです。
たとえば街路樹の桜、
真紅に染まるのもあれば黄色く生えるのもあり、緑ものまま落葉するのもあれば、枯渇してなお枝葉に留まるのもあり、見ていて飽きません、
欅は美しいとはいえませんが、巨木なので見ていて壮観なものがあります。
逆に満天星躑躅などは、小さくても緋色に染めあがり、消して楓や椛に引けを取りません。
郊外まで出掛けに行かなくても、市街の街路樹で、充分紅葉は満喫できるというものです。
とはいえ、それはやっぱし負け惜しみに過ぎず、本当は秋山に紅葉を堪能しに行きたいのですが、仕事が忙しくて無理です。
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ここは私鉄M線MO駅から徒歩8分ほどにある、平和通りに建設中の集合住宅。
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そしてこれが足元から覗いた風景。
いや~絶景かな。絶景かな。
ま、今週いっぱいはここに通わなくてはいけません。
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ところでやっぱし、サンマは目黒に限りますねい
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# by sweetmitsuki | 2015-11-25 21:11 | リアルなエブリデイ | Trackback | Comments(5)

高天原に神留坐す

e0078674_27822.jpg天皇の話が続きましたので、日本神話における天皇の記述を、もう一度読み直してみました。
皇祖神、天照大神の子がアメノオシホミミ、その子が(天孫)ニニギ、その子がホオリノミコト(山幸彦)、その子がウガヤフキアエズ、その子がイワレビコ(神武天皇)です。
このように書くと、やっぱし皇室は男系なんだな。と、思ってしまいますけど、私はそうは思いません。
何故なら、アメノオシホミミの母は、先に述べたとおり天つ神、天照大神です。
そしてニニギの母は、別天つ神(ことあまつかみ、宇宙創造の神)タカミムスビの子、栲幡千千姫(たくはたちぢひめ)、ホオリノミコトの母は山つ神、オオヤマツミの子、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)、ウガヤフキアエズの母は海つ神、ワダツミの子、豊玉姫(とよたまひめ)、神武天皇の母は豊玉姫の妹、玉依姫(たまよりひめ)です。
記紀のこの記述によれば、現人神は、単に太陽の神の子孫というだけではなく、海の神、山の神、宇宙の神の混血児だということになります。これは、いったい何を意味するのでしょうか。
日本列島は狭いようで南北に細長く、暑い地方もあれば寒い地方もあります。険しい山脈もあれば、深い海峡もあります。そのようなバラエティに富んだ自然環境の中で、人びとは自分たちの気候風土にあった生活を営み、独特の文化を築き上げ、多彩な宗教を信仰し、あまたの神を奉じてきました。
その人々が、より深い交流を求め、そして何より、決して争わぬよう互いに誓い合うため、ひとつの国を作ったとき、自ずとこの神話は生まれたのではないのでしょうか。
ある地方では、太陽が神として崇められていました。そしてまた、ある地方では山が神として篤く信仰されていました。海を神として祀る地方もありました。
それらの神々を信仰する人びとが、血で血を洗う争いを繰り返し、炎の雨を降らせ、大地を焦がし、勝ち抜いた覇者が敗者を制圧したのではなく、大地は焼き尽くされることなく緑のまま、海は血で染まることなく青いまま、男と女が体を交わし、子を成すようにして、この国は生まれたのだ。そんなメッセージが、この神話には込められているのではないのでしょうか。
私は子どものころ、「古事記」を読んで、イザナミが「私の体には凹んだところがあるの。」イザナギは「それは奇遇だね。僕の体には凸んだところがあるんだ。君の凹に僕の凸を挿し入れてみるといいんじゃないかな。」
「それは素晴らしいアイデアだわ。是非そうしましょう。」
という話が、とてもエッチで恥ずかしくて嫌だったのですが、なにも恥ずかしがる必要はなかったのです。
世界中の神話に、そのような事は書いてはあるのですが、ここまでダイレクトに描写されてるのは、おそらく日本がいちばんでしょう。
日本はそのことを、世界に誇っていいのです。
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# by sweetmitsuki | 2015-11-07 03:11 | 古代史でポン | Trackback | Comments(4)

君がいた夏は遠い夢の中

e0078674_225396.jpg私が天皇に対して抱いてるイメージを忌憚なくひと言でいうなら、それは「俗世間と乖離した存在」ということになります。
これは、天皇制に興味のない人、天皇制を疑問視している人、あるいは、皇室の正当性を感じている人にも共有できるビジョンなのではないでしょうか。
2013年、80歳の誕生日を迎えた天皇は、記者会見で次のようなことを述べています。
「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いております。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。」
この言葉は、安倍晋三なる自民党総裁のいう「戦後レジームからの脱却」を真っ向から否定しています。
さらには、今年の正月、新年の感想として「東日本大震災からは四度目の冬になり、放射能汚染により、かつて住んだ土地に戻れずにいる人々や、仮設住宅で厳しい冬を過ごす人々も多いことも案じられます。」と述べていて、これも、原発事故はすでに収束した。という政府の発表を真っ向から否定しています。
私が、矢部 宏治 氏の著「戦争をしない国 明仁天皇メッセージ」(須田 慎太郎 写真、小学社刊、Amazonはコチラ)を読んで、しきりに面白いを連発するのは、安倍晋三なる自民党総裁が取り戻そうとしている「天皇を中心としたかつての日本」の中心に据えるべき今上天皇が、真っ向からそのことを否定していることを、見事なまでに 正鵠を射て指摘しているからなんですよ。
つまりは総理大臣と天皇陛下のどっちかがウソをついてるんですねい。
もしも安倍晋三が、天皇を中心としたかつての日本を取り戻したいのなら、皇居に侵入し陛下の寝室から神武天皇のY遺伝子を盗み出し意のままに動くクローンを作らなければならなくなります。
これが笑わずにいられるでしょうか。
ですが、どこか遠い国の話なら、笑って済ませられますけど、これは自分の住んでる国の出来事です。いつまでも笑ってはいられません。
私が、どうにもこうにも気に入らないのが、この本を読んだほとんどの人が「天皇陛下は私たち護憲・脱原発派の味方だ。ばんざーい。」と、無邪気に拍手喝采してること。
天皇制と民主主義は矛盾するもんだったんではないですかえ?
それに、最初に述べたとおり天皇は世俗とは乖離した存在、もしも天皇制に疑問を持つ人なら、そのような事に天皇の力を借りるべきではないですし、皇室の正当性を主張する人なら、そのような事で陛下を煩わてはいけないはずでしょう。
どちらにしても答えはひとつしかありません。
天皇制と民主主義は矛盾すると、申し上げはしましたけど、国連の常任理事国であるイギリスにも王室はありますし、かつての連合国で今も王室の続いている国は珍しくありません。
ただ、第二次世界大戦で枢軸国だった国で君主制が残っているのは日本だけです。
そのことを真摯に受け止められるなら、日本の進むべき道は、もう決まってるのではないのでしょうか。
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# by sweetmitsuki | 2015-11-04 03:31 | 家の裏で原発が死んでる | Trackback | Comments(2)

天皇陛下ばんさーい!

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戦争をしない国 明仁天皇メッセージ
矢部 宏治(文)、須田 慎太郎(写真)
小学館 刊
(Amazonはコチラ
日本には天皇制というのがありまして、それでは一億総国民が諸手を挙げて天皇を敬愛してるのかというと、決してそんなことはなく、「皇室は日本の最も重要な伝統だから護り抜くべき。」と、考えてるのはごく一部の人に過ぎません。
逆に、「天皇制があるから日本は真に民主化できないのだ。即刻廃止すべき。」と、考えてる人もいますが、これもごく一部の人に過ぎません。
大抵の人は天皇制についてよく知りませんし、知りたいとも思ってないのではないのでしょうか。
もちろん、日本には天皇制がある、ということそのものをまったく知らない人も、決して少数派ではありません。
ちなみに「天皇制」という言葉は天皇制に対して否定的な意味でつかわれる言葉だそうで、正当性を主張したい人は「皇室」と呼ぶのだそうです。
そんな皇室擁護派の人も、天皇制否定派の人も、天皇がどんな人で、何を考えてるのか、知ってるんでしょうか。
擁護派の人は「天皇は天皇なんだから、素晴らしい人に決まってる。」
否定派の人は「天皇は天皇なんだからろくでもない奴に決まってる。」
と、勝手に想像だけで思い込んでいて、本当の天皇を知らないのではないのでしょうか。
e0078674_1582726.jpg実は私も、この本を読むまで知りませんでしたし、考えたこともありませんでした。
この本は、本文も面白いのですが、Amazonのカスタマーレビューが面白いです。
「素晴らしい本です。安倍総理やその側近にも是非読んではしい。」という肯定的な評価がほとんどなのですが、「天皇の言葉は、各個人が自分で判断するもので、第三者のフィルターを通すべきではない。」「著者は安保や原発、アジア外交といった問題に対し、天皇の言葉の中から自分に都合の良いところだけを抜き出して利用してるだけ。」といった否定的な意見も散見され、善戦ぶりが微笑ましいです。
カスタマーレビューを読んで面白く、本文を読んでさらに面白く、読後にカスタマーレビューを読み直して面白い。
一冊で三倍面白がらせ、さらにはオールカラーの美しい写真付きでこのお値段。絶対にお買い得です。
それにしても、Amazonのカスタマーレビューは、読者間のコミュニケーションを深めるという意味でも便利なツールだと思います。
中には「俺、○○さんがつまらないと評価する本は大抵面白いから、必ず読むことにしてるんだよね。」というレビューもあって、思わず吹き出してしまいました。
「ふしぎの国のアリス」のアリスとチェシャ猫のやり取りで
「あなたは頭がおかしいんじゃないの?」
「そうさ。僕に限らず、猫はみんな頭がおかしいんだ。いいかい?犬は頭がおかしくない。これはわかるね。犬は怒ると唸り、うれしいと吠える。ところが僕たち猫ときたら、怒ると吠えて、うれしいと唸るのさ。」
「唸るのではなく、咽喉をごろごろ鳴らせるだけではなくって?」
というトークがあるのですが、それを彷彿させるシニカルさに笑けてしまいました。
まあ、ふつうの人は面白いものを見ると笑い、つまらないものを見ると唸りますが、ひねくれ者は、つまらないものを見ると(鼻で)笑い、面白いものを見ると唸りますから、チェシャ猫とひねくれ者は同類なのでしょう。
面白い本を読むのは本当に楽しいですし、その読後感をこうしてブログに書くのも楽しいです。
肝心の本文の内容について触れるのを忘れてしまいましたが、今さらそれを語るのは野暮なので、今日はこれで消えることにします。
チェシャ猫のように、にやにや笑いだけ残して。
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# by sweetmitsuki | 2015-11-02 01:44 | 家の裏で原発が死んでる | Trackback | Comments(4)

世界にひとつだけの花

e0078674_13135543.jpg秋を満喫したい。
秋が来るたびに毎年そう思うのですが、秋はあまりに広大で多様で、とても満喫できるものではありません。
そこで、秋ののなかでいちばんばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが、いちばんえらい秋だということにして、それを堪能すれば手っ取り早く秋が満喫できるのではないのでしょうか。

吾亦紅
 さし出て花の
   つもりかな
     小林一茶

私が吾亦紅(われもこう)という花の名前を知ったのは、いたって単純な理由で、小学校の図書室の、百科事典のいちばん最後のページにこの花の名前が出てたからです。
小林一茶という俳人の名を知ったのも、このときでした。
弱者の味方を謳いながら、決して容姿の美しくない者の味方まではしないという、一茶の意外な一面を感じさせる味わい深い句です。
かの一茶にまで味方してもらえない吾亦紅こそ、秋でいちばんえらいに冠するのではないのでしょうか。
吾亦紅は雑木林があればどこにでも見られる普通の花ですが、最近ではその雑木林がめっきり減ってしまいまして、探すのも一苦労です。
希少な野生植物なら、保護の対象にもなってネットで検索すればどこそこにあると簡単に調べられるのですが、一茶にすら味方してもらえない吾亦紅は、当然誰にも保護してもらえず、探すのも本当に一苦労です。
さらに、一茶が詠んだように、花とはとても思えぬ地味で目立たない花ですから、本当に探すのが一苦労です。
で、ようやく探し当てた吾亦紅ですけれど、これを観賞して本当に秋を満喫した気分になれるんでしょうか?
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# by sweetmitsuki | 2015-10-25 13:39 | お出かけドリフト | Trackback | Comments(4)

今年もホントにありがとう

e0078674_11191935.jpg埼玉県で道に迷ったら畑を見ればわかります。
サトイモが植えてあれば所沢で、サツマイモが植えてあれば川越で、茶畑だったら狭山です。
実際、お酒を呑ませてくれる店などで、メニューに「芋煮」と書いてあるのをよく見かけますが、それがサトイモなのかジャガイモなのかサツマイモなのか、聞いてみないとわかりません。
まあ、何も聞かずにオーダーした「芋煮」の中身を見れば、マスターの生い立ちや素性、さらにはお店の雰囲気や他のメニューの組み立て方がわかってしまうので、贔屓にしようと思っているお店があったら、一度「芋煮」を注文してみてはいかがでしょう。
もしも日本が戦争などの理由で、食糧の輸入がstopしたら、日本は食糧を自給できるのか?と、いうようなことを真剣に考えた人がいるそうで、その結果、米をカロリーのメインにしてはoutなんだそうですが、芋を植えればsafeなんだそうです。
そんなことより、戦争にならなくていい案を考えてもらいたいものなんですけどね。
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今年畑に植えたイモ(紅アズマ)が、収穫を終えました。
正直な話、芋蔓のきんぴらが食べたかっただけで飢えたもので、畑とは名ばかりの、アパートのデッドスペースの砂利ばかりの土壌で育てたので、まったく期待はしていなかったのですけど、意外なほどの豊作に驚いています。
これなら万が一のことが起きても、日本は安泰なようです。
でも、イモ喰って戦うよりも、米を頂いて平和に暮らしたいです。
安保法案なんか通しちゃって、安倍政権を支持してる人たちは、その辺のことどう考えてるんでしょうね。
スイートポテト、大学芋におさつチップ、サツマイモのレパートリーは飽きるほどなくあって、イモが食卓のメインでも別にかまわないのですが、戦争だけは勘弁して欲しいです。
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# by sweetmitsuki | 2015-10-18 12:23 | 金魚鉢の中の宇宙 | Trackback | Comments(2)

雀百まで踊り忘れず

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中秋の名月の翌日、やたらと月が大きく見えるので、あとで聞いてみたら、スーパームーンといって、月が最も地球に接近する日で、それで大きく見えるのだとか。
それでその日の翌朝、夜明けとともに西の空に沈んでいく月を撮ってみました。
満月でもなければスーパームーンでもないのですが、青い空に白い雲、その雲と同じくらいに白い月というのは、宵闇に映える月とはまた違った雰囲気があります。
気が付けば空があんなに高くなって、雲が細くたなびいて、もうすっかり秋です。
e0078674_57239.jpg秋といえば収穫の秋、食欲の秋で、宵待月にもお酒は欠かせないものですが、お酒は実は雀が作ったという古くからの伝承があるのだそうです。
御先祖さまのお墓やお地蔵さまに、ご飯がお供えされているのを雀が啄ばみ、食べきれないので竹の切り株に貯めておくと、雀の唾液によってご飯が発酵し、それが自然とお酒となり、偶然それを見つけた人が呑んでみたら美味しかった。というもので、この伝承は琉球にもアイヌにもあるのですが、中国や朝鮮にはないのだそうです。
まあ、考えてみれば、あんましきれいな話ではありませんから、そんな伝承が古くから伝わっているのは日本だけなのかもしれません。
余談ですが「雀百まで踊り忘れず」と「昔取った杵柄」はぜんぜん違う意味で、前者は若い頃に覚えた悪い癖を指し、後者は子供のときに習った良い躾けを意味するものらしく、どちらも死ぬまで変わらないことに変わりはないのですが、確かにぜんぜん意味が違います。
ですが、私も今の今まで、同じ意味のことわざだと思っていました。
実際、日本を訪れた外国人が、野鳥が人をまったく恐れず、まるで、お酒に酔っているかのように千鳥足で歩いているのを見て驚いたという話を何度か聞いたことがあります。
雀百までといっても、雀はそんなに長生きはしないのですが、それでも、百年前の雀と、今の雀と、そしてこれから先の百年後の雀も、同じような暮らしを営んでいくのでしょう。
月にしたって、中秋の名月も十三夜の月も、スーパームーンも普通の月も、昨日の月も今日の月も明日の月も、百年前の月も百年後の月も、そんなに変わりはないのでしょう。
実は私、去年の今頃は入院してまして、病院のベッドから中秋の名月を見てました(当然お酒も呑ませてはもらえませんでした)。
それにくらべ、今年は忙しくて中秋の名月もスーパームーンも見ることが出来ず、こうして朝に消えかかった月を眺めただけだったのでした。
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# by sweetmitsuki | 2015-10-01 05:55 | ぬくぬく引きこもり記 | Trackback | Comments(4)