mitsukiのお気楽大作戦


手作り雑貨と原チャリ放浪と雑学で綴る、実践お気楽ライフ
by sweetmitsuki
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新のコメント
あんつぁん 縄文時代は..
by sweetmitsuki at 05:17
佐平次さま 尾関清子氏..
by sweetmitsuki at 05:14
凄い文明ですよね。縄文時..
by antsuan at 13:19
縄文の世界に戻ることは出..
by saheizi-inokori at 08:49
平名さま まさかトラン..
by sweetmitsuki at 05:07
 日本で世界と云うと一..
by 平名 at 04:11
佐平次さま 満月の夜に..
by sweetmitsuki at 05:02
これはうまそう!両方とも。
by saheizi-inokori at 09:07
あんつぁん 池上彰の本..
by sweetmitsuki at 05:04
EUも米国もダークステイ..
by antsuan at 19:29
カテゴリ
フォロー中のブログ
最新のトラックバック
なぜ世界は西欧ルールに支..
from 梟通信~ホンの戯言
[大正世代の矜持]  大..
from あんつぁんの風の吹くまま
凄い! ウイリアム・カム..
from 梟通信~ホンの戯言
開戦記念日を振り返って
from あんつぁんの風の吹くまま
孫が来た
from 梟通信~ホンの戯言
8月15日は大漁だった!..
from 好都合な虚構
ある年の8月     
from 好都合な虚構
にがい歴史も知らなくちゃ..
from 梟通信~ホンの戯言
今日から一年後の今を想像する
from 帆を広げ、風は舞い込む
NHKトップランナー  ..
from 鑑 賞 記 録
ライフログ
検索
タグ
以前の記事
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

タグ:戦争 ( 4 ) タグの人気記事


地震雷火事戦争

e0078674_21134308.jpg
朝鮮と日本に生きる
金時鐘 著
岩波新書 刊
私は時折、機械になりたいと思うことがあります。
自分の意志や感情を持たないで、ただ与えられた勤めを、寿命が尽きるまで働き続けられたらどんなにか楽だろうと思うのです。
ですがそんなモノになれるはずもなく、仮になれたとしても、苦しみ悲しみを失うことで、楽しみ歓びを失うのならそれは代償が大きすぎます。
「人生楽ありゃ苦もあるさ」とはいいますけど、苦のほうが楽よりもだいぶ多くても生きていくしかないのが人生です。
東アジアの近代史については、幾つか本を読んだことがあり、それ相応の知識もあれば、目を覆いたくなるような耳を塞ぎたくなるような鼻を抓みたくなるような惨劇にもそれなりの免疫があると思ってたのですが、甘かったです。
ページをめくるたびに指が重くなり、終いには動かなくなってしまいました。
著者の金時鐘氏が救世主のように崇めていた朝鮮共産党の書記長、朴憲永氏が金日成によって処刑された項でとうとう力尽き、ページを閉じてしまいました。
戦争で死ぬのも嫌ですが、それでも敵のすることなら、鬼畜の所業と諦められるのかもしれません。
ですが昨日まで仲間だと信じていた盟友に欺かれ裏切られ陥れられ濡れ衣を着せられて弁明の機会も与えられぬまま処刑されるというのはどんな気分なんでしょう。
さらに救いようがないのは、この出来事が遠い昔のことでもなければ遠い彼方のことでもなく、今は決着して平穏に無事に過ごしているわけでもないということ。
繰り返すようですが戦争は本当に嫌なのですが、では戦争をなくすために何が出来るのかというと何もできないわけで、せめて本ぐらいは読めるだろうと思い読み始めたのですが、それすら出来ませんでした。
最後に本を斜めにしてみたのですが、まだ半分も読んでませんでした。




[PR]

by sweetmitsuki | 2018-02-16 21:27 | 朝鮮の○○と日本の×× | Trackback | Comments(6)

彼岸花の咲く頃に



e0078674_20544019.jpg

いつの間にか彼岸花が咲いていました。
彼岸に咲くから彼岸花というのか、彼岸花が咲くから彼岸が来るのか、どうなんでしょう。
思えば去年の彼岸花を見て以来、一時間が数か月に感じるときもあれば逆に数か月がほんの一瞬に感じられるときもあったので、あれから本当に一年という歳月を経たのか、今になって考えてみるとどうにも実感がわきません。
もしかすると、気まぐれに彼岸花が咲くのを見て勝手に一年が経過していると思っているだけなのかもしれません。
ただ一つわかっているのは、今年見た彼岸花も去年見た彼岸花も、そして幼いころに見た彼岸花もそれは寸分違わぬ同じ花であることだけです。
去年咲いた花が散り、そして今年また花が咲いて散り、そしてさらに来年また花は咲いて散る。それを未来永劫にわたって繰り返す。それが花という生き物の運命なのでしょう。
だとすると人間という生き物も、束の間の平和を享受したと思いきや、つまらぬことで諍いをはじめ、分けあえば余るものを奪い合い、そしてお互いが疲れ果てて動けなくなるまで争い続ける、そんな運命の生き物なのかもしれません。
人の歴史と植物の生育を比べて、花という時季が平和に例えるのが正しいのか戦争に例えるのが正しいのか、そんなことはわかりませんが、とにかく私は戦争なんかで死にたくないのでそうならないためにはどうすればいいのか、生き残るための道を選ばなくてはいけません。
e0078674_21215009.jpg

ルポ 思想としての朝鮮籍
中村一成 著
岩波書店 刊
この本を読んで、私も少しは冷静になることは出来ました。
この本を推薦して下さった方に感謝感激です。
ですが、北朝鮮のミサイル&核実験許すまじ。アベVSコイケ勝つのはどっちだ。と、みんなが狂乱してる最中、ひとりだけ冷静でいるというのも辛いものがあります。

[PR]

by sweetmitsuki | 2017-09-28 21:36 | ぬくぬく引きこもり記 | Trackback | Comments(2)

こんなに平和なのにどうして戦争をするんでしょうか


e0078674_19073527.jpg

いつのまにか秋になっていました。
いつもなら残暑が厳しく暑い日が続くのですが、今年はもうすっかり秋です。
コスモスが、まだ五分咲きといった程度です。
この平和が、いつまでも続けばいいのですけど。


[PR]

by sweetmitsuki | 2017-09-16 19:18 | ぬくぬく引きこもり記 | Trackback | Comments(4)

靖国神社を参拝してはいけない理由

e0078674_14014561.jpg
ウィキペディアによれば、靖国神社には246万6584柱(神様なので人ではなく柱と数える)の祭神が祀られているそうですが、靖国神社の公式HPでは246万余柱と、曖昧なことが書いてあります。
靖国神社の祭神、すなわち戦殉者の数は当時の軍が正確に記録していたから1人の誤差も無いはずなのに、どうしてなのでしょうか。
私は兵士として戦地に赴いた経験のある方からこんな話を聞いたことがあります。 

ある日、仲間の兵士が明らかに不審な形で失踪し、その時そこにいた全ての人が「あいつは味方を裏切って敵に寝返ったに違いない。」と思ったそうです。
ところが部隊の上官は「彼は戦死した。」と皆に告げそれ以上捜索をしませんでした。
戦死扱いなのですから靖国神社に神として祀られたのですが、実際には情報を敵に流し戦争が終わるまで自分たちを苦しめ続け、戦争が終わってからは安穏と暮らしてた奴が神様扱いだなんてとんでもない。
だからその方は靖国神社には参拝しないといっていました。

このようなことは稀なケースではなくよくあった話で、特攻隊として出撃したものの敵艦を前に怖気づき、そのまま近くの無人島へ不時着し、雨水と魚介を糧に生き延びた兵士は沢山いました。
軍は特攻がどれくらいの戦果を挙げたか天皇に上奏しなければならなかったので逃げ出した兵士を見落としていたなんてことは在り得ないのですが、そのような事を公表すれば軍の士気に影響したので敢えて記録を改ざんしていたのです。
戦場から生還した多くの元兵士たちは、靖国に祀られている246万6584柱の神様の中には敵前逃亡して行方不明になった者も含まれていることを知っていて、それが不満でした。
だから靖国神社は正確な神様の数を数えることが出来ず246万余柱と、適当なことをいっているのです。
ですが、戦争という狂気の世界に放り込まれてそこから逃げ出して、何が悪いのでしょうか。
誰に脱走兵を責めることが出来るというのでしょうか。
人間なんだから死ぬのが怖いのは当たり前です。
人に殺されるのはもっと恐ろしいですし、人を殺すのはもっともっともっと恐ろしいに違いありません。
間違っているのは、人として当たり前の感情を否定し、戦殉者を神として崇める靖国神社なのです。
古来、日本では死ねば誰でも仏様になって安らかに眠ることが出来ると信じられてきました。
靖国に祀り上げられた神様だけが死してなお眠る事を許されず、護国の任務を担わされています。


[PR]

by sweetmitsuki | 2017-08-27 14:48 | Trackback | Comments(4)